自分自身の軸で情報の正しさの判断を / Possess the axis of judging information

赤の広場横の公衆トイレで順番を待つ女性。かつて初めてモスクワに来たとき、どれだけトイレを探すのが大変だったか…あの苦しんだ経験は今ではよい思い出となっています。それにしても何度も経験したくありませんが。今では街中でもトイレの設置数がずいぶんと増えました。

一つ見聞きしたことで全てを判断することがいかに危険なことか。どんなに相手が信用のおける人であっても、自分自身で情報の正確さを確かめること、その他の周りの人からも付加的な情報収集することが大切。

会社の社内でケーキをスタッフに振る舞った時のこと。一人で3つ4つのケーキをお皿に乗せて満面の笑みで歩いているロシア人スタッフを見かけました。それを見た同僚のスタッフがすれ違いざまに「お皿の上がとんでもないことになってるね(つまり、取りすぎじゃないの?と少々驚きのニュアンスで)」と声をかけると、彼女は「エへへ」と笑って何も言わずに席に戻ってゆきました。お前だけの分じゃないのだ、そんなたくさん一人で取るな!と思いつつもその時は別のことで忙しく、後ほど個人的に会話の際に「ケーキには限りがあるのだから、他の人の分も配慮して取ってもらえないかな?」と伝えました。そうすると、「あれは自分のチームのためにまとめて取ってあげたもので自分ひとりの分ではありません。」と。同僚との会話の際に何も言わずに笑って過ごした様子や、日頃からのネガティブな潜在的に自分自身の中にあるスタッフへの評価がそうした、ほんのちょっとしたことから言葉となって現れてしまう危険がある。

一対一で会話している時、「なぜあの子が昇格したのかまったく分かりません!人間的に彼女はまったくそんな資格ないです。」また、「(とあるマネジャーのことについて)彼女のことを部下の誰一人として評価していません。言っていることが分からないし、まるで教師のように指示するけれども部下たちはそんな上司を必要としていない、まるで説教されているようです。その割に実務のことを分かっていないし、部下からは信頼されていません。」と、そんなことを言っている当人が、日常の職場でふと顔を上げてみると、なんとうまいこと、良い笑顔でお互いに会話して楽しそうにやっていることか!あの豹変ぶりには驚くばかりです。いやいや、ちょっと待てよ、一体本当に彼女は相手のことをあんなに悪く言っていたのになんなんだ、と。

よく考えてみると、このように正直な気持ちを私に吐露してくれるのはありがたいことです。こいつには何を言っても口外しないだろう、と思ってくれているのであればのことですが…。しかしながら、最近はこう思います。「このスタッフは敢えて意図的にこの気持ちをこちらに伝えて、自分自身が何らかの行動を取らせようとしているのだろうか?」と。どうしても部下に言われてしまうと、そうか、と。自分が何とかするよ、と言ってあげたくもなります。しかし、経験からすれば、とりわけ女性の場合には聞いてあげることですっきりするケースがほとんどのような気がします。それで自分にできることをしてあげて、それが相手に伝われば十分彼らからの評価がアップ。何もしないとしても、まずは聞いてくれた、ということで合格点。とりわけ、他人のことを悪く言う場合には、たとえそのスタッフとよい関係を保っている仲であったおしても、そのスタッフの指標に乗せられてしまうのではなく、自分自身の指標を軸として冷静に判断することが大切です。

さて、そんなわけで日々あらゆる情報が飛び交うロシアの職場。何だかロシア人部下からいつも逆評価を受けているような気がしてなりません。また、彼らからの感情のこもったフィードバックを受けるときに、その回数、その熱量をもって社内のスタッフ間の雰囲気の危険度合を測るバロメーターとして利用するようにしています。

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ロシアのモスクワにある日系企業の管理部門に7年間勤務した後、現在は日本で働く会社員です。モスクワでロシア人と一緒に日々仕事をする中で、私たち日本人が経験するアドミ業務についての情報、課題、考えなどを少しでも多くの方々と共有したい、アドバイスをいただければ、と思いブログをはじめました。 経理、労働法や人事制度の仕組み作り、ITスキルを応用した仕事スキル向上、EAC認証などの幅広い管理課題に取り組んでいます。 とりわけチームビルディング、部下とのコミュニケーション、モチベーションアップ、という課題は世界共通だと認識しています。そんな話題も中心テーマの一つです。

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