ドアを通じて、その人の人となりが見えてくる /  Through the door, people can see who you are

登録しているロシアを代表する建築物を紹介しているYoutubeチャンネルに、モスクワで私が住んでいたアパートが紹介されていました。古い建物で、決して現代的でもなく配管の古さなど問題もありますが、こんな歴史的な建物に住む楽しみもモスクワ駐在ならではの経験だと思っています。

私の隣の家からは、出入りする度にドアのとてつもない音がします「ドカン!」「バタン!」。決して作りが悪くない集合住宅ですが、多少揺れます。あまりにもうるさいです。一体この人はどんな風に生活しているのだろう、と思います。他の階の住人にも同様の人がいるのか、音が響いてきます。それを感じれば、自分自身のドアを閉める音が周りにどれだけ響いているかを想像できると思うのですが。

とても困っているわけではないので何か批判する気持ちがあるわけではありませんが、そういったドアの開け閉め一つを取っても、この人は自分のことだけ良ければいいと思っていて行動がどのように周りに影響を与えているか考えてないのだろうか、いや考えられないのだろうか、なんて考えてしまいます。仕事にしてもサッカーにしても相手のことを考えずに自分のやりたいことをやりたいようにやっていたらまわりから嫌われてしまう。日頃の自分の行動を客観的に見ることの大切さ。大切です。その一つを取って周りの人間はその人を判断していますし、その判断はあながち間違っていないかもしれません。

最近ふと気が付いたのですが、日本ではドアを譲り合う機会がモスクワの時と比べて低い気がしています。日本のスーパーやショッピングモールは自動ドアの割合が高く、それ以外のものを見たことがありません。一方、モスクワのショッピングモールでは回転式の大なり小なりのドアが回っており、そこに人が順番に入り込んでゆくものが大半。住宅街にあるスーパーでは、常に引き戸です。そして、出てくる人、入る人が交互に譲り合って出入りしています。そのため、お店に入る時には常に出てくる人を優先する文化がありました。それに加えて、女性や年配の方にに対して譲る文化は根付いているようで、常にドアを通して相手に譲る意識を自然と植え付けられていた気がします。それでも、常にそうとは限らないのはモスクワでも同じ。妊娠していたロシア人の友人が地下鉄に乗っていたところ、目の前に若い人が座っているのに一向に席を譲ってくれなかったとのこと。それで、自ら「席を譲ってもらえませんか」と言って場所を開けてもらった、まったく今どきの子供は何なの?昔ならすぐに席を譲るのが当然だったのに、なんてちょっぴり怒っていましたが。

遅らく世代や住む場所も変わると日本とロシアも一般的に見られる人の様子に大差ないのではないかな、と思います。都心に近づくほど人も多くなり、生活リズムも速く、ストレスも多い世界。自己中心的になりがちになってしまい、そんな人と遭遇する機会が増えると、決して少なくないはずの善良な人の善行も見えにくくなってしまう。それで都心はひどい、と判断してしまいがち。モスクワから電車で2時間くらいの郊外に遊びに出かけた小さな町では、すれ違いざまに挨拶してくれたロシア人の少年たち。なんていいところなんだ、と思ってしまう。一つの行動がその人の人となりがおおよそ分かる、ということも正しいと思う一方で、必ずしもそうではない、ということも意識しなければな、と。

何だか最近は、隣の方のドア閉め方が優しくなった気がするのです。何をきっかけにして人は変わるのだろうか…。部下の評価をする時に上司が気を付けるべき評価エラーにもつながるものを感じました。

人事部が研修内容を決めて提供すべき、という前提への違和感 / Feeling of strangeness with fixed thinking that the Human Resources Department should decide and provide training content for employee

ロシアの小さな子会社にいても、日本の大企業にいても感じること。それは自分のスキルアップを無意識か意識してか分からないけれども他人任せにしがちな人が多いということ。

「会社は私たちをどんな風に成長させたいのかが分からない。」「会社は人材育成の方針を定めてそれに沿って私たちに必要なトレーニングを提供すべきだ。」そんな声をスタッフから受けていました。まったくその通りだと思います。一方で、よくよく考えてみると、本当にそれが正しいのだろうか?とも感じていました。残念ながら、モスクワで勤めていた会社の人事部はまだまだ発展段階で、会社が最低限提供すべきトレーニングの内容を検討し、制度として整備して試行錯誤しながら進めている段階でしたので、声を大にして上記の意見に反発することはできませんでした。

会社が小規模であれば、スタッフの教育を考えるよりも日本人のトップがいて、その下で家族的な雰囲気を醸し出しながら仲良く日々の仕事を回してゆく。そのような規模の会社もまだ多い印象でしたので、人材教育というものについて深く考える必要がある日系企業も少ないのかもしれません。私の知るところでは、とある会社はアウトソース会社を利用して社員向けの専用サイトを作成し、従業員は年間決められた予算内で用意された訓練を自分で選択できる制度であったり、ロシア企業では、全従業員は週に1時間を必ず自分のスキルアップのための時間に充てることが定められている会社もありました。1年間=52週=52時間は必ず何らかの訓練に費やすこととなっていました。人材育成用の専門部署があり、ちょっとした図書室もあれば、従業員の相談を受けられるような部屋が用意されていました。自分が教育を受けるだけではなく、その1時間を他の社員のためにノウハウを教える講習会を自ら設定することもできます。それによって自分自身の知識を整理して資料を作成し、人前でプレゼンするスキルの訓練となるだけでなく、参加者も同じ社内のスタッフから学習できる。社内人材を活用した良い人材育成制度だなぁ、と感じていました。内容によって得点もつくようで、きっとそのポイント数が評価や昇進の指標に利用されるのかもしれません。

さて、人事部は人に関しての専門家である一方、所詮は一つの部門です。何百人、何千人といる従業員のためにできることは限られています。増して、企業の人事部の皆が従業員全体のことを考えて人材教育を熱心に推し進める人だらけか、というと、きっとそんなことはないはずです。会社全体の必要不可欠な人材育成方針を定めるものの、各人の必要とするスキルアップを深く理解して探し出すことには限界があります、たとえアウトソースの専門家も利用した上でも。これは大小問わずにどの企業についても言えるのではないでしょうか。

上述のスタッフからのコメントについては、最低限のことすら提供できていなかった私たち人事スタッフの責任もあることは否定できませんが、果たして個人でも必要と思う訓練を自ら探して提案していただろうか、と振り返ると疑問です。また、スタッフへのアンケートを取ると要望として挙がってきた訓練内容は最低限の英語スキルの向上、エクセル操作方法の訓練といったもの。そういった内容を会社から提供されることを待っている必要があるのか?自分の業務上必要なことはその場で学び、業務の中で実際に試し、失敗し、修正して学習することで自然と身につくものでしょう…と思う自分がいるのも否定できません。

また、あなたの人生でしょ、自分の成長を考えているのであれば自分の興味のあることを自ら見つけてきて、それを会社の負担でできないのか交渉してみるなどのやり取りができるんじゃないのかな?と。こちらからお願いすると彼らも調べて持ってきます。そういったやり取りをする中でスタッフ自らの力も借りた人材育成制度を皆で作り上げてゆく、そんな形が理想なのかもしれません。

健全なのは各人が自分の成長のために自ら努力してそれを会社がサポートすること。本来、会社はスタッフの成長を引っ張る義務は無いはず。従業員のことを「人財」と表現することは私が新入社員の時代から研修でも、他社のウェブサイトを見ていても目にする言葉ですが、突き詰めてゆくと自分の人生、自分の成長、自分の将来は結局自分で責任を持つしかない。会社は決して期待するほどに自分の必要のすべてをカバーしてくれるわけではないのだから。

これは真実だ、と経験から確信していることは、人は本当に必要だと自分で納得しない限りどんなに学習しても習得できないということ。習得できても期待するほどには成果が出ない。しかし、もし本人がそのスキルを必要だと心から認識するとその成果は莫大なものとなる。言い換えると、会社がどんなに体系的な研修を提供しても多くの人にとっては意味の無いものであって、人事部としてやるべきことをやりました、という事実を積み重ねているだけに終わってしまうのかもしれません。個々の人の心の奥底にある引っかかりをいかに汲み出すか、これは本当に難しいことだと実感しています。

各人が気づいていないのであれば、各人の必要を上司が汲み取り、上司がその必要を人事部にフィードバックをする。と同時にスタッフ個人でも自分に必要だと思う研修内容を調査し、人事部に共有する。人事部は(組織である以上は各人の言う要望をすべて受け入れることは難しいために)一定のルールの中でそのスタッフに研修参加の機会を提供する。人事部が主体となるのではなくて、主体的な人たちを陰で支える。本来あるべき人財育成はきっとそんなスタイルなんだろうな、と思っています。

身近なところで人事業務に携わっている同僚からは「会社の教育制度に不平不満を述べる人に見られる傾向は、会社には色々な制度が用意されているにも関わらずそれらを調べずに、”人事部は何もしてくれない”と受動的な人が多い印象だ。」と聞きました。印象的な言葉です。

今の世の中、待っていても情報が入ってくる世の中、会社でも何となく仕事が回っている世界だとすると、いつの間にか受動的な人を世の中は創り上げてしまっているのでしょうか。人材育成は本当に本当に奥の深い仕事です。

残業の真逆の評価スタンダード / The opposite evaluation standard for overtime work

日本の企業で働いている方なら同じことを感じる方が多いと思います。遅くまで残って仕事をしていると上司からの評判がよい、他の人も残っているのだから自分ももう少しだけ残って仕事をしようか、という気持ちです。

残って仕事をしている ⇒ 頑張っている ⇒ 仕事に打ち込んでいる ⇒ 素晴らしい ⇒ 心象も高くなり評価もしたくなる

でも、こんな考え方もあります。

残ってやっている ⇒ 仕事の遂行能力がない ⇒ 仕事が出来ない人間 ⇒ 評価できない

どちらが正しいのでしょうか?— 恐らく、両方とも正解だと思います。実際、私たちは自分の能力のレベルに応じて毎日の仕事を一生懸命に果たそうと努力しています。その人のレベルで一生懸命に努力している。優秀な従業員を基準に全ての従業員を評価すべきではありませんし、優秀な従業員には相応の報酬や立場が与えられるべき。決して処理能力は決して高く無いけれども真摯に努力している人がいる。そのような姿勢は評価されるべきでしょうが仕事の遂行能力がない、ということも事実。現時点ではそれ相応の評価に留まっても仕方ないかもしれません。でも、その努力を継続する時、将来に大きく花開く可能性が十分あります。(その頑張りを絶やさずに継続できること。これこそが大きな能力でもあります)

さて、ロシアで勤務していた当時ですが、終業時間になると、ほぼ残業せずにさっと帰ってゆく経理部門で働く女性スタッフがいました。その女性スタッフの上司は彼女を高く評価していました。仕事が早くて間違いも少なく正確だと。毎日定時で仕事を終えて帰ってゆく彼女に、「もっとできることがあるのでは?」と言うと、

「いつまでも残って仕事をしているのは能力がない証拠だ。早く帰ることは何も悪いことではない。やることをきっちりやっているのだから。」という答えが返ってきました。

全くその通り。

となると、なぜ会社に来て、終業時間までオフィスにいなければいけないのか、そもそもの就業時間の定義にも直結してくるテーマかもしれません。どんなに仕事をこなしても帰れない…いつまでも残らざるを得ないとすれば、これは能力だけではなくて、仕事の業務分担そのものに何か理由があるのも確かでしょう。オフィスにいると、どんなに早く来ていても、周りがまだ仕事をしている中を一人で帰るにもぺこぺこして帰宅する雰囲気。昔ほどではないのでしょうが、今でもそのような雰囲気は残っている気がします。何となくこの時間帯になるとぞろぞろと人が立って帰宅し始める時間帯のラインがある気もします。不思議です。

日本に帰国してタイムカードでの勤務管理に戻り、毎月の給与明細を確認するようになり、こう思います。残業代は重要だと。残業代を日々の生活費の一部として考えている人は少なからずいるだろうなと。その一方で、残業代を無くすと人の働き方はどう変わるのだろう?という関心があります。残業代を目当てにしてしまうと、決して高くもない残業代を得るために二度と帰ってくることの無い自分の時間が失われてゆく、という考えもできます。自分の仕事を終えたら退社する。その分自分への投資のために時間を使うことが有効だ、という主張は理解できます。難しいのは、自分で「投資」をしたとしても、それが将来に確実な報いとして返ってくる保証が無いこと。そのために自分のエネルギーと時間を費やし続けることに疑念を抱いてしまうことだってある。いつもポジティブな意識を保つことはアニメ、ドラマ、映画のようにはいかないのが実世界。どうあっても、最終的には、自分の人生は誰も代わりをしてくれない。自分のものである、自分が納得できる人生を送りたい、そのことを第一にして会社や仕事と向き合うべ木であると今は信じています。そう考えると、日々の仕事へ向き合う姿勢や無用な残業を避けるために集中して仕事に入り込むようになります。いくら同僚とのコミュニケーションが大切だと言っても、生産性のない話を30分以上も続けて、それでいて残業申請をしている人を見ると、会社のお金を盗んでいるのでは、と思いたくもなります。別の言い方をすると、ロシアへ行く前にはいつも周りの帰宅を見計らって帰り支度をしていたような、かつてはそんな受動的な私でした。

ロシアで勤務していた時には、終業時間を過ぎてもなかなか仕事を終えずにパソコンに向かっている部下がいると「さあさあ、もうこんな時間だ、仕事終えて帰ろうよ。」と呼び掛けていましたが、「XXXさん、まだ仕事が終わっていないからダメです。これだけは終えてから帰ります。」そんな回答が来ると感動してしまいました。とりわけ、周りからはミスも多くて仕事が出来ない、と評価されていたスタッフからそんな反応が返ってくると、内心では「偉い、頑張ってくれ、そして周りを見返してくれ」と応援している自分がいました。短期的には評価されずとも、その頑張りがいつか花開く時が来るかもしれません。いや、来ないかもしれません。それは誰にも分かりません。だからこそ人というのは面白いものです。短期的には評価が低くても長期的に見れば努力が実り見違える人もいる。一方で短期的には優秀でも徐々に能力が衰えてゆく人もいる。努力をしているのだけれどいつまでたっても実らないひとも。残業一つをとっても評価が180度変わってくる。結論が無いのですが、人って奥が深い。その一言に尽きます。

仕事のスキル自体は周りと比べれば劣っているとしても、社内に緊張感が張り詰めている時にその雰囲気を和らげる能力を発揮し、難しい場面でも自ら進んで協力してくれる。そんなソフトスキルも含めたトータルでのその人の”能力”が正当に皆に評価されるとステキな会社になりますね。上述の周りの同僚からの評価が低い女性スタッフはそんな女性でした。

※私の知る限り、ほとんどの剤モスクワ日系企業は法律で認められている、Irregular working hoursシフトを採用しており、それは最低3日間以上の有給休暇を従業員に付与することで残業代の支払いを免除されています。ですから、従業員にとっても残業をする意義が日本に比べて全くありません。仕事はあくまで生活を支えるために資金を得るためのもの。仕事をあるべき場所に置いて、それ以上に家族との時間や自分の好きなことに費やり生活を充実させる — これが本来あるべき私たちの生活のはずだと思うのですがいかがでしょうか。

人事評価とアピールと自分の軸 / Evaluation, Appeal and own motto

1年間の会計年度を終え、人事評価も終えてボーナス金額、昇格対象者を議論の上決定し、本人に伝えて契約書の更新を終えると、ホッと一息。この時期は一年のうちで最も神経を使う時間でもあります。評価が始まると、決まって「どうかこの人を上げてください、でないと辞めてしまうかもしれません、他社にゆかれて困ります」といった、こちらとしても確かに困る…という半ば脅しのようなものから、「なぜ私はきちんと評価されないのですか?私のマネージャーが悪い。私は正しく評価されていない」そんな直接の訴えが届くこと、あります。

アピールの大切さ

ロシア人スタッフに毎回言うことは、アピールの大切さ。評価者に対しては、評価者が陥りがちな判断ミスに気を付けるように、と評価ガイダンスで喚起していますが、やっぱり私たちは不完全な人間です。どうしても自分の感情に流されたり、直近で素晴らしい実績をあげただけで、その人の全てを必要以上にGreat、としてしまうような傾向があるものです。

寡黙で目立たずに黙々と仕事をこなしている人もいます。一方、仕事の成果物はそれほどでないにしても、陽気で上司の受けがよくいかにも仕事ができる雰囲気を醸し出している人もいます。実際の仕事の生産性で言えば寡黙な人であるにもかかわらず、結果として後者の人が高い評価を受ける。そんなことも事実です。

どれだけ評価者を訓練すると言っても限界があります。評価者には定期的に部下とコミュニケーションを取り、部下の仕事を把握して適切な判断を下せるように、との教えがあるものの評価者であるマネジャーも忙しく、評価について期中から会話できている部門は、残念ながらほとんど見かけません。隣同士の席で毎日会話できているから大丈夫なんていう誤った認識を持っているマネジャーが大半でしょうか。日常的に席で会話する内容と、部下の仕事を理解するための会話は異なります。もっと会議室に入ったり、二人で会話ができる場所に移動してじっくりと会話してもらいたいと感じます。これも結局は、自らの態度で示すしか方法はなく、少なくとも私自身の部門のマネジャーには同じ理解を持ってもらうべく地道な努力が続いています。

さて、寡黙に仕事をしているロシア人スタッフに伝えているのは、上司が適切に自分の仕事を見てくれていると思うことは誤りだということ。我々は人間なので間違いを犯します。だからこそその事実を踏まえて自分から仕事の成果をアピールすること。その大切さを説いています。「なぜ自分はこんなにも一生懸命にやっているのに見てくれないんだ?」ー 挨拶をしても、相手に聞こえなければ挨拶していないのと同じこと ― それと同じく、どんなに立派な仕事をしていても、それが相手に伝わらなければ、評価の対象とはならない。そんな現実があります。

仕事以外に自分の重要なことを持つことの大切さ

仕事が唯一の重要なものになってしまうと、自分の人事評価は会社や上司によって影響も受けるものです、上司の調子に合わせて自分自身を変えなければいけない、そんな苦しさがあります。仕事でこけてしまった時、自分を支えてくれるものがなくなります。

その点、私が一緒に働くロシア人スタッフは十分ほどに仕事以外に大切なのものを持っているようで、いつも勉強しているのはこちらです。もう少しやってくれてもいいんじゃないの…?と言いたくなる気持ちがあるのですが。

仕事以外のに没頭できる大切なことを持っていると、必然的に仕事も効率よくこなそうとしますし、仕事で何かがあっても、それ以外に自分自身を支えてくれる軸がある。精神的にも支えられる。といっても仕事で成果を出すにはそれなりの時間と労力を捧げることが必須。どちらも中途半端になってしまうと問題です。いまだにそのバランスの取り方が難しいなと感じます。きっと仕事と自分の仕事以外のこだわりを重ねてゆければゆけるほど、仕事もプライベートも充実できるはず。例えば、プログラミングやMicrosoft365が提供する様々なアプリケーションの学習にはまっている場合。仕事上会社の承認フローに手間がかかっているのであれば、学んだ知識を応用して仕事に使えます。仕事以外の時間に勉強をして、それを仕事の業務に落とし込んで検証ができる。「何やってるの?」と言われても、「いや、仕事のために必要なんですよ」と言える。学んだことを仕事でも生かして周りにも喜んでもらえる。そうなれば自分の趣味が仕事の一部となり、仕事自体もますます楽しくなる。良いこと尽くし。願わくは、仕事そのものと自分の趣味の境目が曖昧となってきて、自分自身が没頭してやることが結果としてお金をもたらしてくれる、そんな境地にたどり着ければ素晴らしいですね。たとえ、お菓子作りが趣味、というオフィス仕事とは全く関係のなさそうな趣味があるにしても、お菓子を会社のイベント振舞ったり、ギフトとしてプレゼントすることでみんなにとっても喜んでもらう、そんなロシア人スタッフもいます。みんなが美味しく食べている様子とそのスタッフ自身も笑顔満面の様子を見ると、こっちまで幸せな気分になってきます。

曖昧な人事制度の欠陥を指摘し続けても仕方がない

私はこう思います。欠陥ばかりを指摘するスタッフもいましたが、会社としてできる努力をしたうえで整備された制度であれば、そこに残る欠陥を指摘することに時間を費やすことが無駄でしょう、と。であればもっと自分のやりたいことに没頭できる、健全な時間と気持ちを持つのはどうですか?と。結果的にこのような人は仕事も人生も上手くいっていない傾向にあるのかなぁ、と漠然とながら感じています。

「SpecialistからSenior Specialistになるにはどうすればいいのか?」「Senior SpecialistからManagerになるには、何をどうすればよいのか具体的に説明してください。」- その気持ちは分かるのですが、そのために必要なCompetencyと次のポジションに求められているスキルを説明することはできます。しかし、これを継続すれば来年なれるのか?それとも2,3年後か?そういわれても断言できません。上にゆけばゆくほどポジションの数は減るので、昇格対象者は最終的には相対評価で数を絞る必要がある。なぜ私が昇格しないのか?それを考えてもお互いに理解し合うことは不可能です。サッカーのA代表も監督が代われば戦術も変わり、代表に呼ばれる人が変わることがあるのと同じように、会社の戦術も社長によって変わることもある。前の社長は良かった、悪かった、そんなことを議論すること自体空しい時間だと。

全員が努力しても、成功した、という世間の評価は得られませんが、自分自身の過去と振り返れば成功です。昨年の自らと比較して成長しているのですから。他人からの評価にあまりにもこだわっている人が多いのでしょうか…?もっと自分自身と向き合って、自分がどうしたいのか、真剣に考えたらどうですか?そのようにロシア人スタッフに伝えることしかできませんでした。その中で私は出世が一番大切です、となれば、出世するためにすべきことをすればよい。それが本人にとって重要なことなのですから。

カメレオンあるいはトラ、会社のトップはどちらになるべき? / Chameleon or Tiger: Which one a leader should become?

5月中旬の日曜日にでかけた大きなスーパーマーケット近くでの一コマ。後ろ姿のため見えませんが、マスクと手袋を着用して大きな買い物袋と共に家路についている様子でした。私の住む地域ではジョギング、サイクリング、散歩を楽しむ人たちもおり、マスクをつけていたりいなかったり。警察車両も見て見ぬふりか通り過ぎてゆく場合がほとんどです。5月初めの連休では、警察車両が一日に何度か「自宅に留まるように」との警告を通りを散歩している人たちに発しながら巡回していました。

部屋に溜め込んだ古い新聞を整理していて面白い記事を見つけました。

カメレオンかトラ、会社のマネジメントはどちらになるべきか。(by Steven Dekrey – ロシアを代表するビジネススクール”Skolkovo”のアカデミー理事会トップ https://embahs.skolkovo.ru/en/emba-hs/faculty/dekrey/)

Professional DynaMetric Programs( https://www.pdpglobal.com/)による有名な心理理論では、5つのリーダーシップが定義づけられていて、それぞれ動物に例えられている。トラ — 支配的、権威主義的なスタイル。クジャク — 交際好きで説得力のあるタイプ。フクロウ — 保守的で規則に沿って行動することを好む誠実的な人のスタイル。コアラ — 物静かで物事を教えてくれて支えてくれるスタイル。そして、カメレオン — 柔軟なリーダーシップで新しい経験のいつもオープンな人。

香港大学のMBAコースの学生は、教育開始前には29%の学生がトラを好み、わずか15%の学生だけがカメレオンを好ましく思っていたそうな。教育課程の後、その関係はすっかり変わり、わずか10%の学生だけが引き続きトラのスタイルを好む一方で、45%の学生がカメレオンを選択したそうです。

このトラのように支配的なスタイルのリーダーシップはロシアで広く見られ、多くの場合に効果的に機能しているように見受けられるが、しかしながら経験があり、強力な賢いリーダーがこの権威主義的なスタイルの罠にはまってしまうことも事実だとか。”Рыбы воды не видят” by Кай Хаммерих, Ричард Льюис (“Fish can’t see water” by Kai Hammerich & Richard D. Lewis)という本では、民族文化は会社の文化を創りもし、ダメにもする。その国で当たり前のように広がっているリーダーシップのスタイルをリーダーは理解せず、リーダーたちの自信がグローバルなその会社の成功を損なっていることを。まるで魚が水の存在に気が付かないのと同じように…

面白い例えです。私自身もモスクワに勤めていて思い当たる節があります。日本式で成功を重ねてモスクワにやってきて、同じ方法を適用したところで必ずしも上手くいくわけではない。前提となる土壌が異なっているのであれば、リーダーシップの正解も変わってくるはず。この方の記事では、360度評価は新たな視点を発見するために効果的であること、よく部下の話に耳を傾け、それぞれの部下にどのスタイルの形が合っているのかを探り実践してみること、自分自身には無い違うスタイルのリーダーシップのスタイルにチャレンジしてみること、権限を委譲すること、自らのリーダーシップの結果を分析して次につなげること。- これらが勧められていました。

良いリーダーシップとは?分かっていても出来ない現実

しかしながら、私がいつも感じるのは、我々はよいリーダーシップとは?そのためには何をすべきか? - ここに挙げられているように360度評価で自分を客観的に見つめる、部下に権限を委譲して仕事を任せてゆく、相手の話をよく聞く ― すでに答えを持っています。それなのに、それなのに、どうしてこれだけ同じアドバイスが繰り返されて、これだけ多くの人材教育会社が存在し、あらゆる教育コースが準備されているのか?これが不思議でなりません。それだけ人というのは、相当の覚悟やきっかけがない限り自らのリーダーシップの形を変えることは難しいのだろうと思っています。 私が見ていてもこのような傾向 - 客観的に自分の言動を振り返る時間を取り分けていない、自分で何事も把握していたい、判断したいという気持ちが強く委譲できない、相手の話を聞きたいと思っていても「OK,でもね…」と否定の言葉を続けてしまうなど ― を日頃から目にします。口では、権限移譲だ、ロシア人スタッフを成長させてゆくのが私たちの任務だ、と言いながら実態はかけ離れている。これもまたよく見受けられます。

カメレオン?トラ?どちらのリーダーシップがよいのか?答えは「そのどちらでもなくて、状況に応じてすべての5つのタイプを使い分けられるのが最強のリーダーシップ」これが最高の答えで、最高に難しい課題であり続けるに違いありません。

出所;Vedomosti 21.02.2018

カザフスタンの給与計算 in 2020 /Salary calculation in Kazakhstan 2020

カザフスタンの給与計算は複雑です。2020年からさらに込み入ったものとなりました。そして、それを分かりやすく説明してくれるウェブサイトの少ないこと。ロシア語が母国語でないから困難ではなく、いかに分かりやすく説明するかの視点が足りないからでは…と感じます。そんな中、ロシアでも同業他社に聞けばほとんど会社で導入されているロシアの会計システム「1C(ロシア語読み;アジンエス)」- カザフスタンでも幅広く導入されていると聞きます - をカザフスタンで展開しているのであろう企業のウェブサイトに比較的優しい内容のページを見つけました。この情報を参考にしながらExcelでカザフスタンの給与計算ファイルを作成してみました。

参考リンク

https://pro1c.kz/articles/trud-zarplata-kadry/kak-izmenilsya-raschet-zarabotnoy-platy-v-2020-godu/

(補足)カザフスタンでは2017年から雇用者は従業員の医療保険の負担が開始(ООСМС)。2020年からは従業員自身が医療用者は従業員の医療保険の負担が開始(ВОСМС)。2020年からは従業員自身が医療保険の負担が義務付けられたことで雇用者はこの費用を給与額から控除します。

その他参照情報

https://inbusiness.kz/ru/author_news/osobennosti-nachislenij-oosms-i-vosms-kak-izbezhat-shtrafov

ロシアの給与計算方法を紐解いてみると、きっと歴史的な何かがあるのだと想像します。カザフスタンについてもきっとこの計算式の裏には明確な根拠がある、きっと。ただ、今のところはまだそこまでたどり着いていません。何事もシンプルにするのが一番よいと考えるばかりですが…。

お前の仕事に創造性はあるのか? / Do you have creativity in your job?

「お前の仕事に創造力はあるのか?」これを父親から聞かれたこと、今でもふとしたときに頭の中でこだましています。管理の仕事で創造力があるの? - どちらかと言うと決まった仕事をきっちりとこなす事が要求される管理。創造力はむしろ必要とされない、と考えるのが一般的かもしれません。

ラテラルシンキング - これはまさに今の管理の仕事に重要なことだと思っています。そもそも今の当り前に対して疑問を抱く。根本的に規制事実の確かさに疑いの目を向けて全く新たな価値観を提案する。これは営業やマーケティングのスタッフだけに求められるスキルではありません。

既存の事実に「なぜこれをする必要があるの?」「今行っているこの作業が本当に必要なの?」ロシア人のスタッフと仕事をしていて、このような問いかけができるスタッフが少ないなぁと感じる日々。与えられた仕事をきっちりとこなす。今行っている仕事の作業の中にある無駄を感じないのか、感じても変えようとしないのか継続して行い続けるスタッフ。隣に座って一緒に作業を見て、「なぜこうしないのかな?こうしたらもっと楽になるんじゃない?」と尋ねると、「このようにするように習ったから」と。前提が崩れても言われたことをやり続ける。「こうするように言われたから。」そう答えられると開いた口が塞がらない。この話は、物事の原理原則を発見する、という点とも重複すると思います。前提が崩れた時にその変化に伴って対応が出来るスキル。それを創造力というのか、原則主義で仕事をできる能力というのか。

今の時代、これまで当たり前と思っていたことが覆される時代。コロナウィルスの件で働き方改革がよく取り上げられる現在。企業としてのこれまでの会社としての在り方が問われています。それは今のロシアでも同様です。3月からずっと自宅隔離で仕事をしています。これまでは一定の時間帯にアパートを出発して出社する。決まったルーティンをこなして一日の仕事を始める。それを当たり前と思っていました。今では、理由もなき外出が罰則の対象になる当たり前。許される外出理由は、ゴミ捨て、100m圏内での犬の散歩、最寄りの食料品店、薬局へ出かけることに限られます。(実際、警察も厳密に取り締まっている様子はありません。一人で歩いている、ジョギングをしている人には注意がなされず、複数人で集っているところには車両から警告を発している。そんな光景を目にしています)こんな時だからこそ発揮できる創造力があるはずです。

ロジカルシンキングのスキルを持っているのはホワイトカラーには当たり前。今のホワイトカラーにはさらに次のステップとしてラテラルシンキングのスキルを身に着けることの重要さ。「XXXさん、あなたが去年、これをこのようにすることを指示しました。だから今もそうしています。」と言われると「去年はこういう前提があったのでこういう作業が正しかったのです。でも、今年に入って前提そのものが崩れました。ですから去年の正解を倣って今年も継続してもそれは誤りですよ。」- そのように答えざるをえません。

きっとこの悩みはロシアに限らず日本でもどこでも同じだと思います。既存の前提を疑いの目を持って評価できる、そんなスタッフをもっと育ててゆきたいと思う毎日です。

[給与計算]有給休暇の計算に使用する係数29,3と「平均給与」について考察してみた / Salary calculation : Coefficient (29,3) used for Paid vacation calculation and thinking about Average salary

以前に記述した「有給休暇の計算」で取り上げた係数”29,3”という日数の意味は一体何でしょうか、調べてみるとこんな経緯がありました。

ソビエト時代から1992年に至るまで、年間365日から祝日と日曜日を除いて(ソビエト時代は週の仕事日が6日間で日曜日が休日)12か月で割った計算結果、25,4日を使用していました。1992年から2000年までは毎年ロシア労働省が次の年の計算に利用される係数を発表。2001年以降は労働法112条で祝日の数、労働法139条で月の平均日数が以下のように決められてきました。2014年に定められた29,3日は今でも有効で、この基準に基づいて有給休暇の計算の際に29,3を使用します。

Год年間カレンダー日数 / Кол-во дней в году祝日の日数 / Кол-во праздничных дней (ст. 112)ひと月当たりの平均カレンダー日数 / Среднемесячное число календарных дней (ст. 139)
20013651129,6
20043661226,6
20063651229,4
20123661429,4
20143651429,3
参考資料:Среднемесячное число календарных дней: зачем нужен этот показатель и как его применять в программах 1С?

例えば、過去12か月の収入が月給50,000RUBのみであった場合。過去12か月間、全勤務日で仕事に従事したのであれば29,3日を使用しますが、1か月(31日間)だけ休暇を5日間取得した月があったとします。有給休暇の計算に利用されるその月の日数は以下です。

29,3 / 31日 * (31日―5日間)= 24,57日

その結果、導き出される平均給与は(50,000RUB*12か月)/ (29,3日*11か月分+24,57日)= 1,729.75RUB/日

仮にこの時点で未消化有給休暇の日数が20日間あるとすれば、1,729.75RUB*20日間=34,595RUBの引当金が計上されます。(もしこの従業員がこの時点で退職する場合、この金額を会社は退職日に支払う義務がある金額)

もし計算対象の12か月間の間に昇給があったとすると、その昇給率を昇給前の給与にも掛け合わせて収入額を増加させる。それから12か月分の総合日数で割って平均日給を計算する、という手間も必要のようです。システム無くしてはとても追いつかない複雑な計算ロジックに参ってしまいそうになります。

そもそも、なぜロシアの有給休暇(出張時の給与計算も同様)の計算方法は過去12か月分の平均給与を基準に計算されるのか、その発祥はいつか?こういった点に疑問が湧いてきます。一般的に、就業経験が長くなるに伴って収入も上がってゆきます。毎年賞与も入るとさらに収入は増えます。毎年付与される28日間の有給休暇を消化しなければ、未消化分は退職するまで蓄積されますので、ある意味貯蓄のような意味合いを持っています。平均給与は毎月変動するので各従業員の未使用休暇日数が積み重なるにつれて引当金の計上額も増えてゆく。毎月人件費に不測の変動が生じる要因です。

きっと各国の計算式にはその国の歴史や考え方が反映されているはず。ソビエト時代からの計算の歴史を辿ってゆくと面白いに違いありません。こんな興味深い文献を見つけました。

НЕКОТОРЫЕ ВОПРОСЫ ИСЧИСЛЕНИЯ СРЕДНЕГО ЗАРАБОТКА
SOME ASPECTS OF THE ALTERATIONS IN THE LAW OF AVERAGE WAGE CALCULATION

https://cyberleninka.ru/article/n/nekotorye-voprosy-ischisleniya-srednego-zarabotka

私の個人的な意見として、ロシアの労働法はスピードの速い現代ビジネスの展開やフレキシブルな現代社会の働き方にそぐわないものとなっています。例えば毎年12月中旬までに翌年1年間の休暇スケジュールを決めて、その計画に沿って従業員は休暇取得が要求される、というルールであったり、休暇開始日の3日前までに会社は休暇分の給与を従業員口座に振り込まなければならないというルール。完全にソビエト時代の計画経済の名残ではないでしょうか?このようなルール違反の罰則規定があり、それによって余計な負担が管理部門にのしかかり、そのルールを理解しないスタッフから不平不満があがり…一体誰が得をするのでしょうか、このようなルールの見直しがなされることを願っています。

ロシアで仕事をする中で見つけた人事関係のおすすめ本 / Recommended HR books I found while working in Russia

私がロシアに来て人事を経験してみて、決して多くはありませんが自分なりに手にとってよかったと思う本をいくつかあげてみました。

戦略人事のビジョン 制度で縛るな、ストーリーを語れ(八木洋介 金井壽宏)

人事という仕事の全体の概要と人事として取り組むべき仕事を掴むにあたり大変勉強になりました。この本にも出てきますが、GEで大変有名であったナインブロックの評価制度が今では廃止されています。そんな風に、過去には多くの方が高く評価していた制度が時代と共にその地位を失っていくという事実も人事制度の面白い部分だと感じています。

ワーク・ルールズ! / WORK RULES! (Google人事担当上級副社長 Laszlo Bock) 

数年前に一時帰国して本屋に入った時、棚積みされているsyい本が目に飛び込んできました。手に取ってパラパラとめくってみて…。まだ人事とはなんぞや?という初歩の初歩であった私には衝撃を受けた内容でした。その後もロシアに戻ってからもどれだけ読み返したことでしょうか。この本がどれだけ良かったかを人に説明すると、「でもそれはGoogleのような会社だから昨日するのではないの?」と指摘されました。それも確かかもしれません。それでもこの本にある幾つかの内容を実際に実務に取り入れたことは良い経験tのなりました。

人を動かす / How to win Friends and Influence people (Dale Carnegie)

この本はビジネスパーソンにとっては誰しもが聞いたことがある一冊でしょうか。

ずっと昔に読んだきり、すっかり忘れてしまっていましたが、今の自宅隔離が始まる前にオフィスの棚を見返して見つけました。これを機会に改めて読み返しています。人としてありたい姿でいるための原則が載っていて、このジャンルの本はありふれていますが、この本一冊で十分ではないでしょうか。

戦略人事マネジャー / Roadmap to strategic HR: Turning a Great idea into a business reality ( Ralph Christensen)

この本の通りに出来て入れば、何も言うことはありません…人事の役割の在り方と将来的な目標を見据えるうえで勉強になりました。私の勤める会社は戦略人事なんていう以前に従業員の出社時間の管理、社内の書類の整備、身の回りの整頓をすること…そんな初歩的なレベルからスタートですが。 モスクワの多くの日系企業は設立十周年を越えたくらいの若い、小中規模のものが中心です。大企業から駐在員としてやって来ると日本にいた時の感覚で物事を考えてしまう危険があるかもしれません。どんなに本社の制度は立派でも、現実のいまここにいるモスクワの会社はあくまで中小企業であることに変わりはありません。その規模に応じたその会社の成長度合いに応じた人事制度を取り入れることが重要である。それを失敗から学んできました。人事制度は同じことであっても、この会社では正しい。しかし別の会社では間違いというケースが生じます。本に書かれている”正解”をただ受け止めるのでなく、まずは自分の会社の実態をよく把握し、その成熟度合いに応じた相応しい制度が何かを理解すること。それを取り入れて段階的に向上させてゆくこと、この取り組みが重要だな、と。この本について言えば、人事精度のベースが確立された大企業の人事担当者に一層必要な内容であって、私が働くモスクワのような小さな会社には程遠い内容でした。ただし、将来、このような人事制度をこの会社に作ってもらいたい、それがあなたたちの任務ですよ、という願いを込めてロシア人スタッフにも訴えてきましたが、まだまだこれからです。

MBAの人材戦略 / HUMAN RESOURCE CHAMPIONS (by David Ulrich)

(なぜ、この英語のタイトルがこのような日本語のタイトルとなるのか分かりませんでした)

具体的な会社事例が取り上げられている点が有益でした。この本に対する印象も上記の本に対するものと同じです。

なぜか、「仕事がうまくいく人」の習慣4.0 / The Personal Efficiency Program 4th Edition (Kerry Gleeson) これまたひどい日本語訳…と思うのは私だけでしょうか。といってもこれに惹かれて購入したのが私なのですが…

数多くの技術的なノウハウ本を買っては全く身につかず無駄にしてきた私ですが、この本はずっと昔に購入し、その内容を気に入っていて今でも時々目を通しています。ロシア語の翻訳版もモスクワで見つけたので、マネジャーの数だけ購入して全員にプレゼントをしました。きっと役立ってくれていれば嬉しいです。

計画を立てるもののそれに満足しているだけであった私にとって「とにかくすぐやる」ということをこの本を読んで学びました。つべこべ言わずとにかくやること。今でこそ改善されていますが、昔はひどいものでした。他にも週ごとの計画を立てること、他人とのコミュニケーションの取り方。新しいことでも21日間続けるとそれが習慣となること。今こうやって書きながら見返していても改めて学ぶことがあります。書いてあることは決して特別なことではなく原理原則ですが、これを実行し継続することが難しいですね。また、ここでは詳しくは書きませんが、仕事スキルとして他に重要なこととして、このような原則を学んだ後は日々自分のやり方を見つけるために変化を付けて改善してゆくこと、自分の業務に要する時間の見積精度能力を高めること、その仕事をやると決めたらやりきること。これらが仕事をする上で大切だな、と考えています。

HR в борьбе за конкурентное преимуществе (Дейв Ульрих и Уэйн Брокбэнк)

この本David Ulrich氏の本の翻訳版で、中身は大企業向けのような印象です。戦略的な人事部を作り上げてゆく上で必要な内容がぎっしりとロシア語で書かれています。本屋で色々人事に関する書類を漁ってみたなかで、非常に硬い内容ですがこのような本もあってはよいではないかと思いロシア人スタッフにプレゼントしたものの誰も読んでくれませんでした、いまのところは。

Год с Питером Друкером 52 недели тренировки эффективного лидера (Джозеф Мачиариелло)

この本は、ピーター・ドラッカーの教えを毎週1つずつ学習し、1年かけてリーダーとして成長しよう、という試みの本です。コンセプトが面白くて購入してみました。スタッフにぜひやろうよ、と言ったのですが…。いつかは必ず、ロシア人スタッフの力によって取り組んでくれる日がくることを願っています。

ずっとロシアに長いこといるために日本の書店の様子を深く知りませんが、私が思うに現在出版される人事関連の本は技術的な部分に特化しているものが多く、どれだけたくさんの本を読んでも、お金と時間をかける割に得られるものが少ないのではないか、というのが私の考えです。むしろ、古くから存在する古典的なビジネス書に絞り、その内容を反芻するほうが効果的であろう、と私は考えています。

また”人事”という仕事は決して人事部に所属しているから、人事部の人間の仕事です、というのは誤りで、どこにいて働こうが必ず仕事は人があって回るもの。一対一の関係が始まるところから人事という仕事はスタートするのであり、決して人事部のみが担う仕事ではないということです。しかし、人事部は会社全体の仕組み作りを整える上で大きなイニシアチブが取れる部署であり、全体を巻き込んでいく上で重要な要であるということは事実です。私の経験からすれば、ロシアで長いこと人事の仕事に携わってきましたが、全体を巻き込む力や意欲を持ったスタッフに出会えることはなかなかそう多くありませんでした(それは会社が採用できる給与のレベルや採用を決定した会社側の問題でもあるのですが)。人事部としてロシアの細かな手間暇のかかる書類作り、最低限の制度作りをやるものの、それを運用していくのは各部門のマネジャーの仕事であって私の仕事ではない、私は人事であるから他の部門の仕事を把握することまでは仕事ではないです、といった線引きをするスタッフが多い印象です。といっても決して拒絶するわけではなく、線引きがある状況から徐々に意識を解いてゆく過程を経て、ようやく戦略的人事、といえる分野のスタートラインに立てるのかもしれません。他の部署が何で困っていて、どんなことをしてあげればより貢献できるだろうか?それは各部門の人や仕事内容をある程度理解できないことには提案できないものですから…。

ロシアは、日本でも同様ですが、会社の人材に関する本は先進的な欧米からの本が多いです。日本は多くの日本人による著書が選択肢として豊富に用意されていますが、ロシア人著者による人材関係の本はずいぶん遅れをとっています。そんなことから、ロシアで人材関係の良書を探そうとすると数が限られること、そもそもこの分野の本自体が少ない。結果として、ロシア人スタッフと人事に関する情報共有、議論をするとなると、英語の文献をオンラインで購入する、Youtubeにある動画をロシア人スタッフと共有することも大切だと思います。母国語ではないため英語で説明する言葉は完全に各人の心に届かないものです。ですから、ロシア人の人事スタッフがどれだけ成長し、周りと共に会社の人事制度を作り上げていけるか、そして全従業員に母国語のロシア語浸透させて行けるか、これが本当の意味でのこれからのチャレンジです。 

自分が上手くいっているときもそうでないときも / When your things are good or not good as you expected

自分が上手くいっているときもそうでないとき

とりわけ上手くいっていないとき

これがその人の人間性を表すのではないでしょうか

人がうまくいっていることを妬んでしまう傾向が誰にもあります。気を付けているつもりでも私もやっぱりあります

そして自分が何だかうまくいっている時には周りのどんなことも気にしなくなっていますヒトというのは面白い生き物だと思います

我々はみな完全ではないので、その時どんなに相手が悪いとしてもそこまで相手を落としこむこと、決してすべきではないです

しかしながら、周りを見渡してみると相手を批判する人、けっこういるのではないでしょうか?

自分だって同じ失敗をしかねません、いつの日にか。そうであれば、自然と人の失敗についても寛容になる要素があるはずです

ロシア人のスタッフでもイコンを机に置いていたり、机のパーティションに飾っているスタッフを見て思いました

ロシア正教会に属しているスタッフで聖書を学んでいると唱える人でも、その行状を見ればその人が必ずしも「人を許すように」という有名な教えを実行できていないのだな、と

知識で知っていることと、知恵となって心に沁み込んでいることとは違うのですね

「相手がわたしに対する態度を変えない限り、私もその人に対する態度を変えない!」そう主張したスタッフがいました。— こんなヒトに幸せな将来はやってこないでしょう

もう10年前くらいでしょうか、日本でタクシーに乗ったときに言っていた運転手の言葉を今でも忘れられません

「人は自分が上手くいっているときには他人に対しても優しくできて親切を示せるけれど、自分が苦しい状況に陥った時に周りにどう振舞えるか、その時にその人の真の人間性が試される」(正確なフレーズは覚えていないのですがこんなことを言っていました)— 深いことばだなぁ、と

とりわけ人の評価を担当するマネジャーの持っているべきスキルを語るとすれば、過去に自らが逆境で苦しんだ経験、そこでもがき苦しみ、解決方法を模索した日々、その問題を解決できたときの喜び — こんな実体験に基づく他人の心を理解する力です

部下との会話をする中で、「あー、これね、うん分かるよ、この課題はそう、難しい場面に直面してどうにもいかなかったよね」— そう言ってくれる上司がいるだけで、どれだけ部下の心は救われるでしょうか