ロシアの子会社で規定の整備をしていると、「規定を作ってもどうせ読まないから、そんなに一生懸命に規定を作って何か意味があるんでしょうか?」「規定を作ってもどうせ必要になれば読まずにこちらに聞いてくるんだから営業スタッフは本当に我々管理スタッフへの敬意が欠けている、ひどい!」という声をスタッフから一度ならず聞きました。正直な気持ちを言ってしまえば、現実的に起きていたことを見ると、彼らのコメントに私も同感です。ただ、それを言ってしまったら規定そのものが不要となってしまい、各ケースごとに上司の判断がすべてという事態に。数名程度の会社ではそれで回るとしても、何十人もの組織となってくると、育ちも考え方も価値観も異なる人たちが集まる中、自分の考える”普通”が他人の考える”非常識”であったり。やはり全員が同じルールに則って仕事をするための絶対的なルールが存在しているべきことは否定できません。
ロシアの法律では、法律で定められた規定の整備、それを従業員に対して書面の状態で従業員に通知すること、そしてその内容を確認・了承した意味で従業員からの署名受領が企業側の義務となっています。
(以下参照URL:Практикум по ТК РФ: чем отличается подпись от росписи)
https://www.klerk.ru/buh/articles/484916/
例えば、ロシア人従業員がよく”ペーヴェーテーエル”と呼ぶ、(ПВТР = Правила внутреннего трудового распорядка)。いわゆる就業規則に該当するもので、日本の規定でも定められるような、会社運営に必要なルール ー 就業時間、休暇、出張、従業員や雇用者の権利、懲戒処分など ー が記述されています。
(以下参照URL:Правила внутреннего трудового распорядка (ПВТР) – для чего они нужны и как их правильно составить?)
https://hr-portal.ru/article/pravila-vnutrennego-trudovogo-rasporyadka-pvtr-dlya-chego-oni-nuzhny-i-kak-ih-pravilno
その他にもロシア企業では、Правила по охране труда(アフラーナトゥルダーとよく言われます) ー 日本の労働安全衛生法に該当すると思われます ー という職場環境の整備義務を企業に課している規定では、職場環境を定期的に確認し、新しい従業員が入ってくるとそのスタッフへの教育を行い、書類にサインを受領する。そのリストの数を見るだけで圧倒される…業務に携われば携わるほどに、その要求される規定の多さ、その罰則規定の重さに嫌気が差してくる、というのが本音かもしれません。
これらはほんの一部ですが、ロシアでは署名をする機会が日本と比べて非常に多いのは間違いありません。さて、冒頭での部下からのコメントは、従業員がたとえサインをしても、それを守らないケースがあることが前提です。これを良い意味で捉えるならば、それだけ会社側としても従業員の一つ一つの犯す間違いを細かく管理していないことから従業員も自由を感じている、何かあっても後で教えてもらえれば良い(会社をなめている、といえばネガティブに聞こえますが)、という気持ちでいるのかもしれません。もし会社と従業員の関係がギクシャクしているならば、従業員は規定の隅々までしっかり読み、自分の行動一つ一つに真剣な注意を払うことになるでしょう、簡単にサインもしてくれないかもしれません。そうなると、規定を浸透させる、という点では効果がありますが、会社のビジネスを大きくするためにはマイナスだと思います。従業員を締め付けることから生まれるものにポジティブなものはありませんので…。
規定の浸透のための解決策に特別なものはない。
浸透させるための何か特別な解決策を私自身は見つけられませんでした。たどり着いた答えはいたってシンプル。何よりも規定の整備を完了させる(法律も変化しており、以前に整備していた規定だけでは要件を満たせていないケースも)。そして、”どうせ読まない”従業員のために、規定のサマリーを作成して提供する。小さな規模の会社であれば必要に応じて従業員向けの説明会を開催する。ここまでが管理部門に要求される義務。サマリーを読めば、従業員はとにかく必要な点を最短で把握できる。そして、その後も何度となく間違えるのであれば ー そしてそれが悪質で故意のものあれば ー 然るべき対処を取る(この時点ではすでに会社との関係も険悪なものになっている可能性あり)。
サマリーを提供しても聞いてくるスタッフがいる場合、それは管理部門への敬意が欠けているのは否めないと思います。こちらが一生懸命に相手のことを想って準備したのだから、受ける側の人間もその意向を感じて、自分たちでも規定を理解する努力が求められます。このレベルの教育は、それぞれのスタッフが所属する部門マネジャーの責任です。マネジャー自身には自ら規定を理解し、それを自部門に浸透させる努力が求められています。このように、管理部門とその先の部門マネジャーとの間での役割と責任分担を明らかにし、協働することでしか社内ルールの浸透は成功しないのでは…というのが私の考えです。試行錯誤しながらたどり着いた答えですが、恐らくこれは始めから存在していた世の中一般の公式でもあった…と思っています。営業と管理部門の間でお互いの仕事への理解、敬意が足りない、というのはどこにでもあるのではないでしょうか。そう考えると、一人の人間として相手を敬う。自分の行動に謙虚になる。最後はここにたどり着きます。
一方で、管理部門にふらっとやってきた営業スタッフが、「ねえ、教えてもらいたいんだけど…」と尋ねると、そこに会話が生まれ、女性スタッフから「ちょっとあんた何も読んでないの!ちゃんと規定に書いてあるじゃないの、ちゃんと読みなさいよ!ほんとダメなんだから。」と怒られて「ごめん、ごめん」といってお互いに笑いながらやり取りする。そんな様子を見るのも微笑ましいものがあります。規定整備を完璧にして、一切の不要なコミュニケーションは排除する、という効率を求める姿勢にも否定的です。バランスというのは本当に難しいものです。
さて、余談ですが以下のサイトに面白い記事がありました。コメントの主はПетр Ковшевой氏。この記事が書かれた当時、ロシアの国営原子力企業ロスアトムの人事の主要ポジションを務めていた方のようで、きっと人事の世界では発言力を持つ方だと推測しますが、「従業員にサインをさせたところで何の意味もない。大切なのは会社の文化がきっちりと従業員の心にまで響き、それが自然と従業員の行動に現れることが大切なんだ。そして、会社のトップマネジメント自身が自ら会社文化と会社モラルの重要性を認識し、言葉ではなく、行動によってそれを自ら示すことこそが最も効果的な従業員にルールを浸透するための方法だ!」ということでした。汚職のイメージが絶えないロシア企業が多い印象の中、このようなメッセージに出会い嬉しかったです。強い説得力があります。皆、それを分かっていてもそれが現実にすることがどれだけ難しいことか、という気持ちもある一方、成功に導くためのシンプルで基本的な原則であることを感じます。
(以下参照URL:Главное — суметь донести до персонала важность правил корпоративной этики!!!)
https://www.top-personal.ru/issue.html?3668
ロシアにいた時に検索していてよくヒットしたサイトと言えば、以下のようなものがあり利用する機会が多くありました。(あくまで個人的な感想ですが、ロシア固有のルールを理解するにあたっては、ー とりわけ人事や会計に関するもの ー 英文に翻訳されたものよりもロシア語そのもので読み取るほうが分かりやすいケースが多々あるということです。ロシア語読解が難しい方にとっては、英語で概要を掴んだあとは、ロシア人スタッフにロシア語キーワードも交えてもらい、上手に分かりやすい説明をしてもらう、というのが最善かもしれません。ロシア語文献を全てコピーしGoogle翻訳に貼付することも随分役立ちました)
・Awara
・Accoun+or
https ://www.accountor.com/en/russia