サンクトペテルブルクで、モスクワに戻るためにホテルから空港へ向かうタクシーに乗ると、それは珍しく女性ドライバー。決して豊かそうには見えないけれど、知性が伝わってくる方で、生まれも育ちもサンクトペテルブルク。話を聞いていると自分の街を誇らしげに思っていることが話からよく伝わってきた。
聞いた話をそのまま書き出しています。私自身がその一つ一つに感じる点はあえて記載していません。中には事実とは異なる点もあるかもしれないことを予めお伝えさせていただきます。
「モスクワと比べたらペテルブルクは田舎よ。私は街の中心に住んでいるけれども、静か。街の人も親切で知性があって。うるさくて、攻撃的な人が多いモスクワとは大違い」
サンクトペテルブルクの街の中心を歩いていて、すぐにモスクワとの違いに気が付くのが建物の高さ。いずれも低く、その統一感と歴史を感じる建物のデザインが一層街を綺麗に際立たせているようだ。そんな建物も、その多くが第二次世界大戦後に再建されたということだったが、決して古いわけではないはずなのに、重厚感と歴史を感じさせる様子は立派だった・・・スターリン建築(そのあたりは他に多くの方が記載されていらっしゃるはずなので割愛)の建物が空港に至る道の両側にそびえたち、その脇には高層マンションが建築中でした。
「今の建築中のマンションは、スターリン建築に似せて建設されているけれども、質はひどい」らしい。ロシア独特のアパートのデザイン、私は好きです。なんでこんな発想になるんだろう・・・と思うようなデザイン。
そのうち、会話は今の世の中、生活への不満。
「昔は、見知らぬ人でも無償で泊めてあげる文化があった。今では一泊するにも2,000~2,500RUBもとるらしいけれど、そんな高いお金を払うなんて信じられない」
「タクシードライバーとして働いているけれども、ドライバーも街の歴史をきちんと知っていて、乗客にきちんと説明できるようになるべきだ」と言って、通りの真ん中に立った立派なモニュメントを見て、「これは戦勝記念30周年の時に設置されたモニュメント。今ではもう戦勝から75年にもなるけれど、当時にどうやってこのモニュメントが建てられたか、小学生のころのこと、よく覚えているわ」と。
「今ではタジキスタン、ウズベキスタン、キルギス・・・そんなところから街のことなんか知らず、ただお金のためだけにやってきたドライバーが増えている。彼らは安い金額で仕事を私たちから奪い、車の運転免許だって違法に取得し、車で人をはねたら捕まらないようにそのまま自分の国に帰るだけ。」
「彼らは、ロシア人は働かないから、というけれど、そんなことない。ソヴィエト時代には全員働かなければならなかった、働かないことは法律違反であったので工場などで、近くにすむご近所さんと同じ工場で働いていたの」
日本人である私にとって関心のあるテーマは、当時と今の争いごととキリスト教。
なぜナチスとロシアは同じ神様を信じているはずなのに戦ったのか、なぜロシアとウクライナは同じ神様を信じているはずなのに領土をめぐってお互いにいがみあっているのか?正教会同士ももめているのか?
「宗教と政治はまったく別だ」という。「クリミアも元々はロシアの領土であって、正式にウクライナにクリミアを与えたのではない。」
「私は宗教も決して綺麗なものではないと思う。司祭も信じることはできないし。(ロシア正教会のモスクワ総主教)キリル氏は立派な家を持ち、会社も経営していて銀行も3つも持っている。立派なビジネスマンだ!」
「私も神を信じているけれども、教会には出かけず、毎日神様に「ありがとうございます」と日々の生活を自分のなかで感謝しています」とのことでした。
タクシードライバーと会話していて、その内容の多くは、こんなテーマが続きます。私が個人的に関心のあるテーマであるので、質問を投げかけて、後はドライバーの話すに任せているだけなのかもしれませんが・・・。人が日頃生きている中で感じている世の中への疑問、考えを聞くことほど興味深いことはなかなかありません。
この会話の中には、感情の部分も強くて筋道立った論理が成立しているとも思えませんが、一般市民の多くが心の底で感じている気持ちが現れているのではないか、そう考えながら空港に到着しました。
「それでもやっぱりサンクトペテルブルクが好きだわ」
わずか数日の滞在でしたが、綺麗な紅葉の風景と、綺麗な街の光景をすっかり楽しみました。