モスクワにオフィスを構えている日系企業なら、誰もがスタッフの出勤時間の管理について多くの悩みを抱えている、抱えていた(問題に直面し解決し今に至る)であろうと想像します。
スタッフの時間を管理する立場として、難しさを感じる場面が多くあり、今でもまだ最善と思える方法を模索中です。1分であっても遅刻は遅刻。しかし、それでは交通事情の問題があるモスクワ郊外から遠く通ってくるスタッフにはかわいそう、事情を考慮してあげられないのかなどいろんな議論がありましたし、今でもあります。以前は累計遅刻が一定回数を超えたらボーナスカットなんてことも。
オフィスに入る際には、皆が入館証と入り口の電子機器にかざすので何時何分にオフィスに入ったかが分かります。遅刻してきたスタッフは入館証をあえてかざさない者もいて「今日は忘れてしまったので受付にドアを開けてもらった」という言い訳や「一緒に出社した同僚が開けてくれたのでそのまま入ってしまった」などというケースも起こりえます。データ上は遅刻せずにオフィスに入っているのだけど一向に席にやってくる様子がない。オフィスに入ってからそのままコーヒー、お茶を飲みながら同僚と話し込んでいる、なんてこともありました。その内容にもよりますが、席にいないからといって仕事をしていない、遅刻だ、とすぐに喚きたてないことが必要なんだなと。
他社の方と話をしたときには、「9時の始業時間の30分前ほどにはほとんど人がいない。ところが9時直前に一気にスタッフが遅刻せずに入ってきてみな仕事をしだすんだよな、不思議だよな」なんてことをおっしゃっていました。わが社のビジネスセンターでは、同じビルに入居する他の会社も同じ時間での始業なのでしょう、9時から10分前ほどの1階エレベータホールは大変な混雑となっています。私たちの会社スタッフもほぼ遅刻せずに出社してきます。しかし、中には「エレベータが混雑していて乗れなかったので少し遅刻してしまった、私は悪くない」という遅刻の言い訳を聞くこともあります。
早めにくれば余裕を持ってエレベータにも乗れてゆとりをもってオフィスに到着できるのになぜそうしないの?と聞けば、仕事の時間は9時からと決まっているから9時までにくればよいのだ、と。そう言われてしまうと言い返す言葉もなく、はい、その通りです、としか言えません。ロシア人の友人が働いているロシア企業では、遅刻した場合はその分残って仕事をするという運用だそうです。フレックスタイム制度にすれば遅刻の問題はなくなるのか?否、今度はばらばらにやってくるスタッフの勤務時間の管理が大変だ、朝から会議をしたいときに全員がそろわないのは困る、と意外にもマネジャーたちから否定的な意見が寄せられました。じゃあ、営業と管理部門とで勤務シフトを変化させたらどうか?と聞くと、いやそれは不公平だと。
労働契約書でも会社の就労時間は記載していますし、就業規則でも10分前には出社して仕事にゆとりをもってとりかかれる準備をしましょう、と明記しています。中には始業時間1時間前から来て仕事を始めるスタッフもいます、毎日9時ぴったりにくる人もいます。人の数だけ人の価値観がありますね。一昨年の秋口には、上期の評価として部下全員に「時間に対するその人の姿勢はその人の行動に表れる。遅刻というのはその人自身の仕事に対する取組みが欠けていることの現れでもあり、それはよく注意してみてゆきます」との趣旨を書いた資料をメールで全員に送り、後日各自と上期の面談をしたときのこと。「あれはひどい、一気に仕事のやる気をなくした、スタッフによく説明しないと問題だ」と言われてしまいました。それはそれで私の価値観を伝えたはずだったのですが、少々行き過ぎてしまったようでした。
実際、我々が会社に提供すべき時間は就業時間内と定められておりいかにその間に結果を出せるかがポイント。早めに来て遅くまで残って仕事をするようにとは一言も書かれていません。それでも日本での感覚からすると早めに来て、ある程度残って仕事をする、そんな姿が肯定的にとらえられているのが日本のビジネス文化でしょう。
なんだかんだ言ってもスタッフは始業時間までには出社してくるので、今は遅刻管理を厳密に自ら行うことはなくなりました。スタッフの数そのものが欠けている状況に直面し日々の仕事すら回らない状況を経験することが重なってからは、まずオフィスに来てくれる、それだけでも十分に感謝すべきなんだと考えるようになりました。自分が人間として成長しただけなのか、甘くなったのか分かりませんが、必要なスタッフが揃っていて、仕事をやってくれる、これは本当にありがたいことです。さて、話を戻し、遅刻データは人事スタッフが管理しているので、何か問題があった時には報告を受けるようにしています。また、我々は家庭の事情などで数時間遅刻する際には有給休暇を時間単位で取得できるような運用を許容して多少は柔軟な対応ができるようにとしています。お付き合いのあるロシア企業の中には、「交通事情も考慮した上でスタッフは時間に余裕を持って行動すべき。遅刻はあってはならないもの。私のスタッフが遅刻した場合にはペナルティとして評価に含めている」というロシア人社長の方もいらっしゃいます。こういった方は珍しいとは思いますが…。
一番カギとなるのはその会社のマネジメントがどのような方針を持っているか、それに対してどれだけ真剣に取り組むかでしょうか。それがその会社の時間管理に対する文化となってゆくはずです。9時以降もゆっくりとコーヒーを飲んでたわいもない会話をしていたり食事をしてるスタッフがいれば注意する、出社時間だけではなく、会議開始・終了時間も意識して余裕を持って行動すればスタッフも自ずとついてきます。注意すると何か言われるからいやだ、誰かに言わせよう、というのではなく、マネジメントである自らが間違いは間違いである、と発言し、また自らの姿勢でもって模範を示していくことが時間管理に限らず会社をよくしてゆくための長い道のりに思えるも正解なのだろうと感じています。日本では始業時間に厳しいにも関わらず、日々の仕事を終わらせる締切時間に対する認識が低いという事実に気づいてから今はこの点への取り組みに努力中です。この点はまた別の機会に書きたいと思っています。
何よりも一番の理想は人を管理することが必要なくなること。各自が仕事を楽しいと思い、仕事時間の開始・終わりに関係なく仕事に没頭し、仕事とプライベートの境がなくなること。管理社会から自律に基づく会社制度に向かって行ければ素晴らしい、実際にはそんな理想はなかなか難しいのですが、そんな風にわが社のスタッフもなってゆけるように何ができるのだろうか、といつも試行錯誤です。