厳しい教師が優れた成果を上げるのはなぜか ― ジェリー・カプチンスキー氏の教育方法から学べること/ Why Tough Teachers Get Good Results – learning from Mr. Jerry Kupchynsky’s teaching methods

日記を書き留めていた昔のノートを取り出して中身を整理をしていたところ、ちょうど10年前のWall Street Journalによる記事の切り抜きが出てきました。自分自身の父親と重なる部分もあってずっと印象に残っていた記事でしたので、ぜひここに記述してみようと思いました。

Why Tough Teachers Get Good Results

引用: Wall Street Journal, By Joanne Lipman Sept. 27, 2013

記事のタイトルは「厳しい教師が優れた成果を上げるのはなぜか」

昔、生徒が失敗すると「ばかもの」と言う先生に教わったことがある。私たちのオーケストラの指揮者で、名前はジェリー・カプチンスキー。ウクライナからの移民で気性が荒い人だった。誰かが音を外すと、オーケストラを止めては怒鳴っていた。「第1バイオリンで耳が聞こえないのは誰だ!」私たちに指に血がにじむこと練習させた。手や腕の位置を修正する時には鉛筆で突っついた。今なら首になっているだろう。だが、先生が数年前に亡くなると40年間に教えた生徒や同僚が全国から古い楽器を携えてニュージャージー州にやってきた。追悼コンサートにはニューヨーク・フィルハーモニックに劣らないほどの人数が参加した。ミスター・Kと呼ばれていたぶっきらぼうの先生にみんながこれほどの感謝の気持ちを抱いていたことに驚いたが、昔の生徒が成功していたことは衝撃的だった。音楽家になった生徒もいたが、ほとんどが法律や学問医学など音楽以外の分野で活躍していた。

このミスター・K氏の教育手法をまとめてみると以下の8つになるようです。

  1. 多少の痛みなら子供のためになる(A little pain is good for you)― 技能の獲得には「建設的でつらい意見」を言う教師が必要である。
  2. 基礎訓練が大事(Drill, baby, drill.)
  3. 失敗しても構わない(Failure is an option.)― 学習に失敗は必要だと分かっている子供のほうが成績がいい。
  4. 優しいより厳しい方がいい(Strict is better than nice)
  5. 想像力は習得できる(Creativity can be learned)― 伝統的な教育は創造性を損なうと批判されている。しかし、テンプル大学のロバート・W・ワイスバーグ心理学教授の研究によると、それは逆だという。トーマス・エジソンやフランク・ロイド・ライト、ピカソなど創造性豊かな天才を研究した結果、教授は生まれながらの天才は存在しないという結論に達した。天才の多くは猛烈に努力して、(外の世界)には突然のひらめきや大発見のように見えるものを徐々に達成する。
  6. 根性は才能に勝る(Grit trumps talent)ー ペンシルバニア大学のアンジェラ・ダックワース心理学教授(によれば)、根性で将来の成功を予測できることが分かった。この場合の根性とは、長期的な目標に向かう情熱や粘り強さである。
  7. 褒めると人は弱くなる(Praise makes you weak…)
  8. ストレスは人を強くする(…while stress makes you strong.)

一時期、”GRIT(Guts: ガッツ, Resilience: 粘り強さ, Initiative: 自発, Tenacity: 執念)”という言葉をよく聞くようになった ー そして今ではそれほど聞かなくなったような…? ― この言葉が定義されるよりもずっと昔から、ヒトは成長するためにはこの4つの要素を必要不可欠なこととして行っていた。そして後世の人が題してその要素をGRITと名付けた、ということでしょうか。

私自身の育った環境に照らし合わせてみると、このカプチンスキー氏の教育と自分の父親のそれとが似たものを持っていることもあってかこの教育方法に実感を持てました。中小企業のエンジニアで音楽とは全く関係のない仕事でありながらも趣味でヴァイオリン演奏を楽しんでいる姿。まったく音楽に興味もなく外で遊ぶことしか考えていなかったこの私にも毎日ヴァイオリンを必ず練習しないと怒る姿。どんなに嫌でも5分でもやれ!と。そんな当時の厳格な教育方法を見ていると、このカプチンスキー氏と似たものを感じました。果たしてカプチンスキー氏の生徒の皆さんのように数十年後に活躍できているかは別としていただき…、絶対に必要不可欠だと思うのは、基礎訓練の大事さ。才能は関係なく頑張り続ける根性。そして、新しいことに挑戦する限り失敗しても許されること。毎日小さなことの継続でしか大きな成長につながらない。そのためには基礎の積み重ねと粘り強い根性さが不可欠。そして、失敗はどうしても避けられない。失敗しても大丈夫。自分で自分を笑ってしまえば大丈夫。

それ以外の要素ついて言えば、この教育方法がすべての人にとって成功するために絶対的なものであるか、私には分かりません。厳しく接すると、それをバネにして伸びる人もいれば心が折れてしまう人もいる。頑張って頑張って才能を持つ人に勝ることもあれば、どんなに頑張ってどんなに根性があったとしても常に先を進み続ける才能を持つ人に勝ち目がないこともあります。褒めて伸びる人もいれば褒めてわがままになる人もいる。ストレスも時によって人のやる気を奪ってしまう強い負の働きを持つ力です。適度なストレスは、自分が人間社会に生きていることを実感させてくれますが、過度なストレスは人の心を立ち上がれないほどに押しつぶしてしまうことも。

何十年も経ってからミスター・Kの元生徒の一人が言った。「先生は自律を教えてくれた」。この生徒は元バイオリン奏者で、アイビーリーグの大学を卒業し、医者になった。「自発性だ」と言ったのはテクノロジー企業の役員となった元チェロ奏者だ。プロのチェリストとなった生徒は「立ち直る力」だと言った・「私たちに失敗する方法を、そして自分で再び立ち直る方法を教えてくれた。」

少なくとも、これまでの限られた私の経験から言えるのは、何かを学習するときには心の中に湧き立つ感情やドキッとするようなアクセント、そういったものを体験するときに記憶に残ることが多い。言い換えると、その感覚を経験する時が学習する機会となるのではないかな、と。カプチンスキー氏の教育方法はその感覚を経験することができるという意味で必要な要素を兼ね備えている方法なんだろうと思います。若い頃には声を荒げてしっかりと怒ってくれる上司がいて、その経験があってこそ今に生きているものがあります。自分の父親、ヴァイオリン、家や会社で経験を重ねてきたことがカプチンスキー氏の教育方法との重なり…その幾つもの類似点もあってより一層共感を得た記事であったのかもしれません。

人はそれぞれに自分が好きで取り組んできたものがあると思います。例えば、ある漫画を大好きでその内容であれば全て把握していたり。ゲームが大好きでひたすら打ち込んでみたり。サッカーや野球 ― 在宅勤務をしていると、近くの学校で大きな声を出して野球の練習に一生懸命に打ち込んでいる学生たちの声が聞こえてきます。情熱を注げるものがあることは大変素晴らしい ― 、あるいは勉強の一つの分野にとことん取り組んでみたり。それらがどんな媒体であっても、そこから得られた自分にしか分からない感情の湧き立ちを大切にして、その経験を他の分野においても適用してゆくこと。そうすれば他者とは比べることのない、自分なりの成功や満足感につながるのではないでしょうか。