全てを自分で把握することと、全てが自らの意向どおりに進むことが異なることについて / Understanding everything by myself and everything goes according to my own intention are different

”Мужчна в кризисе 危機に面している男性” — 一体どんな内容なのでしょうか…街の中心部にある公共図書館にて。このテーマで講演が開かれているようで、ほとんどが女性によって占められていました。ロシアの図書館は平日は22時の遅くまで開いているところもあるようです。ほとんど利用はしていないのですが本に囲まれた生活にはいつも憧れます。どんなに電子書籍が広まったとしても、紙の良さには絶対にかないません。自分のお気に入りの本は紙のものをいつまでも手元に置いておきたいものです。

駐在員として現場で責任感を持って仕事をしていると、規模も決して大きくない会社であればなおさら、全て自分の思ったとおりになっていないと嫌になること ― よくあります。全てを自分で把握しておくことはもちろんですが、 それと全てが自分の意向通りのやり方で進むことは別物。この違いを受け入れることができることが、自分にとってもロシア人スタッフにとっても大切な一歩であると考えています。それは、自分の至らなさと良さをよく把握すること。シンプルな人間でいること。何でも自分で物事を管理しておこうとしないこと、みんなでお互いの良さを生かしてゴールをめざしたらいいじゃないか、そんなことではないかと思ってます。

仕事には目指すゴールがあります。しかし、そこにたどり着くためのアプローチは人それぞれ。ファイルの保存方法、仕事の進捗管理をExcelでやるのか紙の手帳で行うのか、資料の雑さの許容レベル、進捗管理の打ち合わせは今週の進捗結果の総括ができる金曜日がよいのか、いや週の初めの月曜日がよいのか…例を挙げるときりがありません。

それらの一つ一つの多くについて自分のやり方を周りに強要するべきか?(なぜなら、最終的な仕事の結果責任は自分に返ってくるので、自分のやり方を周りに強要し、彼らがついてくることが最善だから。)…いや、

多少細かいことは気にせずに、各自の裁量の限度を多く持たせてあげてその中で自由に行動できるようにしてあげるべきか?(なぜなら、いくら自分が最終的な責任者だからといっても、一つ一つの積み重ねは部下の協力無しでは成り立たないものであり、そうであれば彼らに気持ちよく働いてもらったほうがよいから。)

後者のほうが聞こえがよいように捉えられますが、部下の中には、裁量を与えるとどうしてよいのか分からなくなってしまう人間も出てくることを学んでいます。そういった人は上からきちんと指示とやり方を与えられて、それに従って仕事を進めることを好みます。人はある程度の自由を与えることがよいのだ、と信じていましたが、それができない人には自由そのものが苦痛となってしまう。残念ながら自らで物事を考えて、組み立てて仕事を進めることができないとしても、マニュアルに沿った処理能力は他人と比較して高いのかもしれない。仮にそのような業務がAIに取って代わってしまう可能性をはらんではいても、今その能力が必要であれば、その人に合った仕方で仕事を振ること。

多くの業務をこなしてゆく、仮に嫌としても、こなしていかざるをえない中で、自分の得意・不得意が見えてきます。自らの不得意な部分で誰か他の人が明らかに上を行っている様子が目に入ってきて内心落ち着きません。「いや、自分はもっとできるはず。こんなんじゃない。負けてなるものか」なんてプライドが邪魔してきます。その一方で、自分が思ってもいないことでも周りから見れば得意なことであったり。彼らは彼らで内心同じような気持ちを抱いているのかも。自分のできないこと、結果が期待できないことを素直に認めて(それも早めに)、相手に打ち明ける。助けてもらう。いつまでもそんな謙虚で、シンプルな人間でいたいものです。”多様性”とは、 ― それはよく言われる女性の活用、性的嗜好の異なる人たち、異なる文化背景、考えをを持つ人たちの活用だけにとどまらず ― 仕事のスキルの得意、不得意を組み合わせてゆくことで共にゴールを目指すこと、そんな多様性について意識することが、ロシア人スタッフと働く中で多くなりました。私自身、素直に自分の不得意な部分=弱い部分を嫌と言うほど意識させられています。しかも、それは私が責任を持って管理しなければならないにも関わらずうまくゆかない。悔しい気持ちがないといえば嘘になりますが、他の同僚や部下にお願いして助けてもらうしか術がありません。

お互いに「ごめん、これは苦手なんだ、なんとかしてもらえないかな…。」そんな人間性のある上司でいれば、部下も「私もこれできないんです…でも、あれはできます。」― きっと少しは気を楽にして気持ちを打ち明けやすくなるものです。そして、お互いに頼られると思って仕事を進めてゆけば、お互いに人間として、仕事のスキルもきっと伸びるはず。それをこれまで実際に現場で見ています。

さて、なかなか時間を割いて業務を事細かに教えることができないとしても、ロシア人部下も成長しています。たとえば自分の作成した資料をどんどん共有してゆくこと。ビジネスメールの書き方を勉強して、それを実践してゆくこと。いつの間にか、ふとした時に、「あれ?彼女これまでこんなファイル作成したことないのにすごいな…いや、これは以前に自分が作成したファイルだったっけか。」なんて場面に出くわすことがあります。「あれ?彼女のメールの書き方変わったな、シンプルで分かりやすくなったよ。(きっと自分のスタイルを多少意識してくれたのかもしれない…自己満足でなければよいのですが)」

時間がかかったとしても、少しずつ間接的に自分自身の勉強した結果を仕事で実践してゆくことでそれがスタッフの間に広まり、それが素材となってスタッフの意識に何かのきっかけを与えられること。そんな日々の積み重ね。 今はすぐに目につかなくても、スタッフの中には何かを感じ取って、学んでくれている人が少なからずいることを信じてゆきたいものです。 それだけ自らも日々勉強し、部下から喜んで学ぼうとするシンプルさが大切なんですね。

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ロシアのモスクワにある日系企業の管理部門に7年間勤務した後、現在は日本で働く会社員です。モスクワでロシア人と一緒に日々仕事をする中で、私たち日本人が経験するアドミ業務についての情報、課題、考えなどを少しでも多くの方々と共有したい、アドバイスをいただければ、と思いブログをはじめました。 経理、労働法や人事制度の仕組み作り、ITスキルを応用した仕事スキル向上、EAC認証などの幅広い管理課題に取り組んでいます。 とりわけチームビルディング、部下とのコミュニケーション、モチベーションアップ、という課題は世界共通だと認識しています。そんな話題も中心テーマの一つです。

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