失敗の数とそれを乗り越えた数は魅力ある上司になるための良きステップ / The number of failures and learning lessons from them is a chance to become good boss in the future

失敗したとき。はー…というため息。その時にはがっかりするし、悔しいし、あーなんでこんな失敗をしてしまったのだろう、と頭を抱えるしかないのだけれど、後から振り返ってみると、その経験から学ぶこと、その時に抱いた気持ちはとても貴重な財産だと思うことが増えてきました。同じことをしても、他人より理解に時間がかかったり、失敗することも多いと認識しているからこそ、それだけ周りの人よりも多く時間を費やさなければならない、と自分でわかっているのでただただ積み重ねるしか術がないのです。それでも、少しずつできることが増えてくると、若い世代のスタッフが同じようなことで苦しんでいる様子を見たとき、「なぜそうも時間かかっているのだろう?」「どうしてすんなり出来ないのかね?」— こうした疑問に、同じような経験を重ねてきた自分の経験を踏まえた答えと、自分なりの解決方法を部下にアドバイスするノウハウを提供できます。

とてもつもない大きな損失を会社に与えたことはありませんが、細かな失敗の数と顛末書を書いた数は同僚と比べても明らかに多かった…。新入社員の頃、初めての顛末書はオフィスへやってきた配達物回収の郵便局員から受領したレシート原本を亡くした時。たかが1枚、されど1枚の重要な書類。雪の中を郵便局まで走ったことは忘れません。レシートを紛失したことを報告すると、管理部長から「顛末書を作成してきなさい」と。顛末書とはなんぞや?インターネットで調べ、紙に手書きして持ってゆくと「無くしたレシートの代わりになるものを添付したうえでパソコンで打ち直してきなさい!」事の重要さをようやく理解した私は、顛末書を書き、無くしたレシートの再発行をしてください、と郵便局へ電話で依頼し、雪が降る街中をダッシュで郵便局まで向かったことがあります。その晩は私の送別会。初めての社会人生活を開始した勤務地での勤務を無事に勤め上げて笑って後にするはずが最後にこんなことに。私の送別会を開いてくれるその日に主役の自分が遅れてはいけないと必死に走っていた時代が懐かしいです。その晩、送別会での管理部長はとても優しく接してくれました。今後に向けた少々気が緩んでいた新人への喝を入れてもらった気しました。

会社で会計伝票を会計システムに登録、承認作業をしていた時。正確な数字はわすれてしまったけれど、登録すべき金額の下二桁が35円のところを、システムに投入するデータが53円となっていることを見過ごして、結果として数字が合わないままに決算処理を終えてしまったこと。

異動のために、手元に保管していた書類一式を同僚に引き継いだところ、後日、その書類の中には税務申告の時に費用を損金として認めてもらうために必要な書類が含まれていたこと。元上司からの呼び出しを受けて、なぜ書類を滞留していたのか?とのお叱りを受けました。それなりの額を損金に計上できないこととなり、多少なりとも会社への損失を与えてしまった、といったこともありました。

自分が成長するにつれて、なぜあんなことで、なぜあんな単純なミスをしていたのだろうと思えることも。でも、その当時は(そして今、新たな仕事でやってしまうミスも)真剣に仕事をしていた中で発生するもので、後から分かることでもその時には見えなくなってミスをしてしまう。そんな経験を経て人は成長してゆくもの?そう思っています。

それで、自分が経験したようなことで悩んだり、間違ってしまった人を見ると共感ができます。そ失敗した本人だけの問題ではなくて、説明が不明瞭であったために本人が別の意味に捉えてしまった、もっと周りがサポートすべきなんだけれど、任せたままにしてしまい後でどうしようもなくなってしまう、など。失敗にもいろいろな理由がありそうです。失敗をしたときの状況を自分自身の中で整理し、何がいけなかったのだろう、どうしたらうまくいったのだろう、上司には何が足りなかったのだろうなど、失敗の度に振り返ることで将来に同じ失敗を部下がやってしまったら、「なるほど、それ分かるよ。自分も同じようなことで失敗してしまったことがあったんだよ」そう言える上司はきっと部下からの信頼も厚くなるはずです。

こうした失敗の経験は、失敗の経験を経て自分の限界を認識し、人間的に丸くなることにも繋がるはずです。部下の気持ちや置かれている状況をイメージすることにも役立ちます。また、ひどい失敗を繰り返していたかつての自分が、今はそれなりに成長している。それを感じるときに、周りの人とではなく、以前の自分と比較して喜べるのではないかな、そうすれば、今日も明日も、ポジティブな気持ちを保つ助けになっている気がします。

「同じ失敗をしたらあとは改善するだけだよね、同じ失敗をする奴は阿保だよ」

これはロシアでの勤務時代にいただいた大先輩からのお言葉。同じ失敗を繰り返すことだってあります。人間ですから…でも、失敗の数だけきっちりと学習をすること。その大切さがこの言葉からよく伝わってきます。

外国語を習得するときの大切な要素ーその言語が持つリズムを掴むこと / The important factor in learning a foreign language-grasping the rhythm of that language

先日、オフィスで勤務していると、おそらくインドの子会社スタッフとの電話会議の会話の様子が会議室から漏れてきました。耳にしていると、日本人は日本式のイントネーションで、インド人はあのインド独特の口調です。そして早い。お互いにリズムもスピードも違う。日本式というと、ゆったりと流れるように話す、アクセントがあまり文章の中に表れない、そんなイメージがあります。その会議での日本人の英語をよく聞いていると、英語を話しているのだけれど、「そうですねー、あのー、えーっと…だからそのー…」というフレーズがあたかも聞こえてくるような。一方のインド人の英語はというと、一定のリズムで早口で休止もなくまくしたてるように続く — 何に例えることができるか考えてみました。それは小学生の頃に学校で一生懸命に覚えたスリランカの首都名称スリジャヤワルダナプラコッテ。これを休止なくひたすら早口でリズミカルに言い続けている。あるいは、日本語で例えるならば、言葉が汚いのですが、「おいおまえらなにしとんねんいいかげんにしやがれこらおとといきやがれ」これをテンポよく早口で繰り返している ー そんな風に全く異なる双方の英語の会話が続いていました。同じ言語を利用していてもこれだけ話者によって異なるとは大変面白いものがありますね。

語彙の数を増やすことや文法を学ぶこととは別に — これは恐らく英語に限らず、どの外国語を習得するにあたっても言えることと思うのですが — 話すときのリズムやイントネーションが大切だ、と感じている点が、まさにYoutubeの中で専門家の方によって理路整然と説明されていました。

この動画の中で、ネイティブスピーカーが話す英語に秘められた3つのポイントが紹介されている中、その一つとして”English is stress-based language”である、と。英語は重要な単語の正しい箇所にストレスを置いて発音すること。これを行えるだけであなたの英語はネイティブに伝わります、ということです。多くの言語は一つ一つの音が重要な意味を持つ”Sound-based language”である、とも。Sound-based languageの場合、1つでも音が失われたり正しく発音しなかったりすると言葉の意味そのものが失われてしまう。でも英語の場合は音は決して重要ではない、と。強調すべき音節に、ただしい強調をつけること。そうすれば発音が悪くてもネイティブスピーカーは理解してくれるでしょう。だから文法の間違いも気にしないで。…そうはいっても、このポイントを習得するだけではとても英語を話せるようになるわけではないはずです。恐らく、指摘せずとも英語学習に置いて語彙数を増やすこと、文法を習得することに重きが置かれているために、それだけではだめですよ、他に相手との会話の上で大切なことを忘れないでくださいね、と伝えたいのだと思いました。

現代において、英語は全世界で利用されている国際語であるため、今の時代は言語発祥の地で話されるものが絶対的に正しいですとはいえないのかもしれません。しかしながら、英語を第二言語として勉強する人は、アメリカや英国の英語を正解として勉強しているはずで、そうであれば、第二言語として勉強する私たちは、やっぱり各言語が持つ特性を意識し、その言語が持つリズムやイントネーションを習得しようと意識することが大切ではないのかな、と思っています。日本語を話すときは棒読みでもよいけれど、英語を話すときには英語の持つ強弱を意識して付ける、といったように。そうすることで自然と強く発言した部分が強調され、長く発音され、リズムも生まれてくるであろう、そう思っています。ロシア語も然り。

具体的な有益な情報は上記のYoutubeが字幕付きで説明してくれています。なお、オリジナルのビデオを発見(以下Link)。こちらは字幕がないのですが、プレゼン資料もついていて、このビデオを見るほうが分かりやすい部分があるかもしれません。

とある日の朝、マクドナルドでお金のことを考えてみた / One day morning, came to my mind at McDonald’s about the money in Japan

今朝、マクドナルドにて朝マックを。モーニングセットでいつも250円。「はい、300円になります」…あれ?以前ならあまり50円の差を気にすることも無かったし、そもそもマクドナルドはあまり身体の健康に良くないという印象がある…のだが、気軽に入れて安く済むこともありマクドナルドは貴重なリモートワークの拠点の一つ。それらの点を考慮に入れながら、モスクワでは週末朝には大抵McCafeのコーヒーとクロワッサンやパイなどを注文して仕事をしていた、そんなあの頃が懐かしい。

帰国してからのマクドナルドでは、こんな気になったこともあった。単品で注文した際にスタッフによっては何も言わないとMサイズになっていて、値段が思っていたのと違っていたり。Sサイズで良かったのに…。いつも注文していた時にはSサイズが何もいわずとも出てきたのでそんなものかと思っていたらどうやら違うようだ。それとも若いあの店員は、お客がサイズを言わないことを賢く利用してマクドナルドの店舗の売上に貢献しようとしていたのか?

冒頭のマクドナルドの店員は、その後もドライブスルーで受ける注文のミスもしていたようで、もしかすると店員さん自体に問題があるのかも。メニューには¥250と書いてあるのに店員さんが打ったレジは¥300を表示したまま。たかが50円、されど50円。以前のMサイズ事件を思い出し、「コーヒーのサイズはSでよいですよ」と念押しをする。そのうち、「店長~」と、キッチンにいるらしきスタッフへの助けを呼び出した。こうなるとレジのメニュー登録に何か誤りがあるに違いないと納得。…が、「あっ、250円でした。」…それってただ単に別のモーニングメニューを選んでいただけじゃないでしょうか、と心の中でつぶやく自分がいたのはご想像の通り。声に出して文句を言わないだけ立派な大人です。

さらに、クレジットカードのタッチ式で支払を使用とマシンの上にカードをかざすと「お客様、ICチップ付カードはICチップが付いている方から機械に挿していただかないと…」と言われて、「そうですね」と言いながら(いや、ちがうんじゃないかな、と思いつつもこれ以上は店員さんと円満なままにお別れしたいと思い)挿そうとしたらレジからレシートがジー…っと出てきて「あっ、(精算が)できていますね…」と。

こんなちょっとした短いやり取りの中から得られる教訓が。

一つは、日本に帰国してからというもの、自分自身の払うお金に対して意識が高まったこと。モスクワで生活していた時には意識していなかった自分の払うお金の意味。モスクワではお金を払うことから得られる貴重な経験、という口実を元にあまり家計を気にすることもなく支出を重ねていた気がする。今、日本に帰ってきて感じること。サラリーマン。自分の受取っている給料は一体自分のどんなスキルに対して頂いているお金なのだろう?例えば、同僚との話に多少花が咲いて30分間、”業務時間”が増えた。オフィスでの円満な人間関係のためにも会話は大切だし、それは不可欠。でもその頻度が高く、積りに積もって毎月何時間もの”残業時間”が生まれそれに対して時間外手当を頂く。もしそんなことがあるとすれば、そのお金って自分のどんな”仕事”に対価として支払われるものなのだろう?意外に会社の経費を削減する要素ってこんな簡単なところにあるんじゃないかって思う。いや、きっとみんな分かっていることなのかもしれない。もちろん口で簡単に経費削減といっても簡実際には難しいに違いないのだけれど。

モスクワで現地採用として働いていたとある日本人の方曰く「大企業の人は全く世間の人と感覚が違いすぎる!」そしてきっと大企業の方からすれば会社の環境が自分たちの”世間”であり、そこで成り立つ世間で大部分の時間を過ごしているが故に、それ以外との交流が少なく、その方が述べていた意味を理解するにも苦労するかもしれない。まとめると、自分の頂くお金の意味を考えると、実は自分の言う”仕事”というのは会社を出て勝負するにはあまにも心細い”仕事”であり、これらに対する対価として頂くものなのかもしれない。「給料ってのは、仕事で苦しむことに対する対価としてもらうんだよ」と、新入社員の夢を壊すような悲観的な発言をしていた上司がいたけれど、確かに社内での物事の調整役に追われたり、ひたすら決まらない会議に出席することなどが続くと、その上司のコメントの意味も理解できるような気がする。

また脱線してしまったのだが、自分自身の頂くお金は相当特殊なものであり、かけがえのない、貴重なものだということ。本当の”世間”に出たら、今の自分の行っている”仕事”にお金を払ってくれる人なんていないのかもしれない。そう考えたら、50円でも1円でも自分の払うお金の意味を考えることに。そして、自分自身が謙虚になる必要をいつもリマインドしてくれる。一方で自分の投資になるために使うべき時を逃さないことも大切で、自分の使うお金の意味を考え続けていると投資に躊躇してしまう自分がいてそれもまた見極めが難しい。

2つめの教訓は、”お金 in ジパング”。日本人はお金に対して云々といったテーマは数多く語られているのでここではそれは止めておいて、ロシア人と日本のことを会話すると「日本は世界の最先端の技術がある夢の国。ぜひとも行ってみたい!」という強い憧れを持っている人が多い印象。日本はなぜあれほど高度に発展して豊かなのだろう、和食は大変健康的で美味しい、平均寿命も長い、温泉、富士山などなど、かつて日本に来ることにあこがれたヨーロッパ人のように目を輝かせるロシア人が多い。実際に自分の生まれ育った日本に戻ってきてみると、「なぜこれほどまでに現金主義の人が多いのだろう?お店でも現金しか受付けないお店も多い。また、なぜ店員はあれだけ何時間もレジで働いていてタッチ式の支払方法があることを知らないのだろう?(つまり、それだけ多くの人が現金や通常のICチップ方式の支払方法を多用しているということだろうか?)」ー そんな風に思えたり。モスクワでの生活で現金で支払う光景を目にするのは、高齢のおばあちゃんおじいちゃんが細かいコインを何枚も順番に、ゆっくりポケットから出すのを後ろで並んでいる人たちが若干イライラしながら眺めている、現金を見るのはそんな場面だけです。…なんてことはさすがにありませんが、現金で支払っている人の方が少ないことは確か。世界に誇るモノづくりの国ではお金に関しては他の先進国の国々の基準とは異なった文化が育っている - 大量のポイントカード然り - のでしょうか。そんなことが不思議でもあり、ますます世界の人を魅了する日本文化なのかもしれません。

ちょうどよい駐在期間はどれくらい? / How long is the right period of working as an expat in Russia?

駐在の経験を経て今思うこと。会社の規模、内容に依るのですべてのケースに当てはまりませんが、管理業務に従事する駐在員の場合、モスクワに長く駐在することはビジネスパーソンとしての価値を上げるには限界がある、ということです。海外での業務経験、ロシア人スタッフと勤務して感じる文化の違い、言葉や育った背景も全く異なる部下や同僚たちとぶつかりながらもどのように仕事を進めてゆくか、仕事以外の日常生活で体験する初めてのこと、どれもが日本の環境では決して得ることができない体験です。

駐在員として本社から派遣されてきた契約形態であれば、金銭面での待遇は日本で生活するよりも高く、日本の生活水準よりも高くなることがほとんどだと思います。(中には現地のモスクワの子会社で現地採用された日本人もいます。その待遇は駐在員に比べると決して恵まれているわけではないと思われます)給料も貯蓄できて、よい生活環境が保証される生活。しかしそれが七年ともなると、徐々にそこでの業務経験もただ繰り返してゆくことが増えてきます。確かに会社は成長し、それに伴って組織が変わってゆくことを目の当たりにできることは貴重です。新しいポジションを作り、新たな人を採用して仕事を覚えてもらう。徐々に自分自身が抱えていた仕事をロシア人スタッフに委譲してゆく…そういったやりがいは確かにあります。しかしながら、日本の本社でできる仕事はモスクワで経験するやりがいとはまた違った内容の意味でもっともっと大きなものです。駐在員としてモスクワで経験した苦しいこと、辛いことを踏まえて、それをどうしたら改善できるだろうか、どうすれば全世界にいる駐在員や現場で働くローカルスタッフたちのサポートができるだろうか、そんなことを考え、実際に提案して喜んでもらえる。自分の働きが幾つもの海外の子会社の業務改善に役立つことを実感できる喜びがあります。この観点で言うと、自分自身の成長にとってモスクワでの勤務経験は、長すぎると、ある地点を境に自分の成長をストップさせる、そう感じています。大きな理由の一つは、モスクワにある日系企業の規模そのものは小さいものがほとんどであり、その会社で経験できる仕事の規模もそれだけ小さくなってしまうからです。

3年という一定の切りの良いスパンがありますが、3年は大変短すぎました。一通りのことがわかって、自分のやりたいことをできる体制づくりもようやくできつつあったタイミングが来た時にはすでに3年が経過。毎年厳しくなる本社からの管理体制の強化への対応に追われて社内の規定を整備したり、新たに要求されるレポートの整備に追われたり。人事で言えば会社の組織作り、制度作り。人が安定しないことから採用活動が続く。ようやく採用したとしても定着に時間がかかったり、税務調査や社会保険関係の監査が入り対応に追われてしまう。人が不足している期間は自分自身も業務に入ってゆかないといけないためにまた仕事が停滞する…そんなことの繰り返し。自分の思うようにうまくいかないことが多々ありました。現地でお世話になっていた人事部を知る方曰く「あまり長いこと現地にいると本社から忘れられてしまう。自分の会社でのキャリア形成も考えるのであれば子会社に長くいることは決して良いことではない」という言葉が真実を物語っていると思っています。もし会社の土台が整えられている会社であれば、3年という期間が満足できる充実仕事の期間となるかもしれません。他方、私のように苦労の連続の中で経験した7年間というのは、ある意味では長いと言いつつも、会社の底からようやくゼロ地点にたどり着き、そして成長してゆく。そのプロセスを経験する点では適切な期間だったのかもしれませんが…。

自分自身の価値観の軸を何に置くか ー とにかくロシアに関わっていたい、ロシアに居続けたい、あるいはロシアでの業務経験は自分自身の視野を広げるための一期間であり、その間に小さな規模の子会社でマネジメント経験をして更なる自分の成長につなげるなど — これに左右されると思います、そしてこの考えは人それぞれです。正解はありません。あくまで私の主観ですが、一般的な管理業務を担う管理人材で、かつロシアの子会社が小規模のものであるならば、どんなに良い待遇を得るからといって、目の前の待遇ばかりに注目してはならない。そして、将来の自分の成長を忘れてしまうことがないように定期的に今の自分を客観的に観察することを怠ってはいけない。ということだけは言えだろう、と考えています。

部下への感謝の気持ちを手書きメッセージカードと贈り物に込めて / Express your gratitude to your subordinates in handwritten message cards and gifts

今年も残すところ今日が最後となりました。こんな年末になるとは去年の同じ時期には誰も予想しなかったはずです。私の勤務する事務所でも年内最後の出社日にはテレワークの人もいるため全員に挨拶はできませんでした。夏から今の職場でテレワーク制度のもとに働き始め、直接会話する機会そのものがすっかり減りました。他の部門では今どんなことが進んでいて、何が議論されているのかを耳にすることができるのは、事務所勤務ならではの良さだと感じます。それがずっと続くと、自分の仕事への集中力の妨げになる弊害も感じているところですが。

12月の仕事納めの時期となると思い起こす出来事があります。当時モスクワで働いていた時の20人ほどの管理部門の部下に対して、一年のお礼の意味を込めて、ちょっとしたプレゼントと手書きのメッセージカードを添えて一人一人に手渡ししていました。モスクワに進出している日本のチョコレートメーカーのお菓子を購入してみたり、行きつけのワインショップで男性、女性向けにおすすめのミニボトルをアレンジしてもらったり。今思い返せば数万円はかかっており、相当な出費だったのですが、自分なりにどんな風にお礼を伝えることができるかなぁと考えた結果たどり着いたのが年末のこのイベントでした。

日頃から仕事に関するコミュニケーションはしっかり取っているつもりでも、仕事以外のコミュニケーションが少なく、なかなか素直に感謝も表せない苦手な性格もあるのを補うべく、手紙で日頃の感謝を伝える文章を考えて言葉にしてゆくプロセスは自分にとっては大事な時間でした。結果的に私の行動が部下にも”私にお返しをしなければ”という気持ちを与えてしまったことは良くなかったのですが…。部下からもプレゼントをもらったり感謝の手紙でもらったり。そんなやり取りが生まれたことは良い思い出となっています。本好きの私を考えてなのか本をプレゼントしてくれた部下もいましたし、よくKit Katを食べていた私を見てKit Katの特大バージョンをくれたりと。

仕事のパフォーマンスが悪いことや、我々は人間なので考えの違いや仕事のやり方の面で軋轢があることも原因で、部下全員との関係が常に良好というわけにはいきませんでした。そういった人には手紙を出さない、というわけにはいかないので、このやり方がずっと機能していくかと言うと疑問もあります。私が駐在していた7年間の間このイベントをずっと行っていたわけではなく、駐在最後の2回の冬でした。冬の到来前にタイミングよく設けたマネージャー向けの研修でリーダーの在り方を学習したのをきっかけに、その冬からやってみようと。「リーダーの皆さん、部下に対してちゃんと感謝の言葉をかけていますか?」 — 日本に比べると自由闊達に会話が行われているようにみえるロシア人の間でも、上司が部下に対する感謝が少ないことが課題テーマとしてよく耳にします。

誕生日というのは、誰しもがその日は自分が主役になることが予め分かっていて、その日に何があるのか想像が容易にできます。歳を経るごとに誕生日はサプライズの要素は無くなり、定型的なイベントになってゆくのだと思いますが、本来のプレゼントは相手が想定していないタイミングでやってくるときに喜びも倍増するはずです。そんなことを思って年末のタイミングを利用してみました。日頃の感謝を伝える場面は、よく探してみると日々の中に見つかります。そこに自分なりの口実をつけて自分の遠慮がちの気持ちを奮い立たせて行動してみる時に自分の知らなかった世界が開かれます。苦い経験も含めて。その時の心境もまた貴重な宝物です。

日頃からどのように部下とのコミュニケーションを取るのか、どのように部下に感謝を伝えるのかは人それぞれですが、大切なのはノウハウ本が述べる方法を単に真似るのではなくて自分自身の性格を踏まえた上で自分にとって最善のものを採用することがふさわしいと思っています。それはもしかしたら本の中では否定されている方法かもしれません。自分自身の置かれた状況は本の著者が述べる状況とは異なっているかもしれず、自分で考えることの大切さを感じます。例えば、決して多くのことを語ることもない自分自身であれば手紙に書くことはできます。ただパソコンで書くのではなく自分で一言メッセージを添えて日頃の感謝を伝えて直接渡しに行く。そんなちょっとしたやり方一つをとっても立派なプレゼントになるのではないかなぁと思っていました。家に帰ったあと、家族との会話のネタにでもなってくれればそれもまた嬉しいものです。

この方法も毎年恒例のものとなっていくとマンネリ化してしまいますし、また最後の年には徐々に軋轢の生まれていたスタッフもいたので同じ熱意を持って続けてゆくことは難しかったかもしれません。相手に自分の感謝の気持ちを伝えたい、という根本に基づいた相応しい仕方を唯一の正解が存在しない中で常に考えてゆきたいと思っています。

モスクワ駐在生活の醍醐味:歴史的なアパートと景観をでの生活 / The joy of living in Moscow: living in the historic apartments and enjoying city landscapes

モスクワの駐在生活でしか経験できない醍醐味の一つは、日本には存在しないモスクワの歴史的なアパートに住むことができる、という点があります。有名なスターリン様式のアパートはまさに他の国では見ることができません。都心の中心部ということで家賃も高く、自分の負担で住むとなると難しいところを会社の補助があるからこそ選択肢に含めることができます。モスクワ駐在の際には歴史的なアパートを検討してみることをぜひお勧めします。ロシアのモスクワ以外の国に居住したことがないので、他の国ではどのような物件があるのかは分かりません。ドイツに駐在していた友人の家や他の西欧の国々を訪れたときに見たアパートは、日本のものとは異なりますが、急に日本から引っ越したとしてもあまり違和感のない雰囲気であった気がします。日本のこれまでの生活で、よく目にした映像や似たような雰囲気のものを実際に生活で経験しているからかもしれません。

今のモスクワでも現代的なアパートが立っており、現地に住む友人曰く、いまではロシア人でもそういったアパートを好む層が増えているようです。Youtubeでみる現代的なアパートは、現代の生活に適している、内装もシンプルなものが多い印象です。部屋の中を紹介するRoomTourビデオをYoutubeで見るのが好きですが、予算に制約があって、それでも部屋の中をオシャレにデザインしたい人はIKEAを好んで購入しているように感じます。

歴史的なアパートを好き好んで選ぶ人は徐々に少数派になってくるのでしょうか。確かに歴史があっても水回りや部屋の造り、古い電気設備など、古いアパートを好む理由はあまりないでしょう。

Архитектурные излишества

(辞書によれば意味は「建築の装飾過剰」。この名称を付けた背景は分かっていません)

https://www.youtube.com/channel/UCrBrH2HVtIA6-kk42E5m7yw

Youtubeで見つけたこのサイトはおすすめです。モスクワに住んでいて、ここは一体どんな住み心地なのだろうか、と建物を見上げては想っていた建物がまさに紹介されています。全てロシア語ですが、モスクワの街並みやアパート内部の様子、雰囲気がこちらにも伝わってくる、とても綺麗な映像が並んでいます。

例えばこんなアパート。日本では決して見ることができない外観と内部の雰囲気。そして窓から眺める風景。モスクワの中心部に関して言えば、赤の広場を中心に古い建造物が広がっている街並みの景観は一度は経験してみたいものです。

私は7年間のモスクワ生活のうち、3つのアパートを経験しましたが、どうしても仕事柄オフィスに近いところを選ばざるをえませんでした。その理由は不測の事態があるときにはすぐにオフィスに駆け付けられるように、生活の大半が仕事で占められていたためにオフィスへの移動を徒歩圏内にしたかったことです。モスクワの大渋滞は半端ないです。同じように渋滞がひどいと聞く東南アジアを経験しておらず比較できませんが、モスクワはあれだけ多くの車線があり、あれだけ大きな道があるにも関わらず、時間帯によってわずか1km程度を車で通過するのに1時間近くかかったこともありました。冬にもなると、オフィスへの通勤のために片道2時間もかかっている駐在員もいましたので車での移動がいかに恐ろしいものか想像していただけるのではないかなぁと。

きっと次にモスクワに住むことになればじっくりと考えてアパートを選ぶでしょう。最後に住んだアパートは、限られた選択肢の中から1930年に著名な建築家によって設計されたという由緒ある建造物を選び移り住みました。数か月前から物件情報を眺めて気になっていたのですが、しばらく経つと提示価額が下がったことをきっかけに紹介元にコンタクト。そこからスムーズに手続きも進み無事に決定です。建物はスターリン様式のようなもので(Wikipediaによれば、当時世界最大のビルとなる計画であったソビエト宮殿(スターリン死後に計画中止)の最終デザインが固まった年1933年からソビエト建築アカデミーが廃止された1955年の間に建てられた建物をスターリン様式というようです)天井は高く、外観と窓から眺める夕日は最高のものでした。違うアパートにゆけば、そこで見つける新たな最高の景観があるはずなので、終わりの無いテーマですね。オーナーの父親は日本に行ったことがあってとても日本が好きだ、というオーナー。アパート選びにはオーナーがどんな人かも非常に重要なポイントです。

今回紹介したYoutubeでは、モスクワ以外の町も紹介されていて、モスクワとは違う様子も楽しむことができます。そのうちのいくつかは私も休みを利用して出かけたことがあります。早朝にモスクワを列車で出発し2,3時間の距離にある町を散策して夜にはモスクワに戻ってくる。モスクワでの慌ただしい生活を離れて、ゆっくりとした時間が流れる違ったロシアを知ることもまた駐在していたあの日々の醍醐味でした。

世論調査によるとロシア人の3分の1が自分たちを貧しいと見なしているという / A third of Russians in the poll called themselves poor

Public Opinion Foundationの調査結果によると、ロシア人の3分の1は自分たちを貧しいと考えており、市民の3分の2近くが自分たちは平均的な収入である、と評価しています。

調査によると、回答者の64%が自分の収入は平均的であると考えていて、33%は自分が貧しいと考えており、1%だけが自分自身を金持ちだと考えています。自分を貧しいと評価した人は、この貧しい状態は10年以上前(12%)からで、いつもこのように暮らしているか、5年から10年前(それぞれ7%)にこの状態になったと答えました。

貧困の理由の中で、回答者はまず、賃金の低下(8%)、価格、関税または退職の上昇(それぞれ7%)、失業(5%)を指摘しています。また、このグループの20%は、3〜5年で現在とほぼ同じ貧困生活を送ると確信しており、6%は生活水準の大幅な向上を望んでおり、7%は答えるのが難しいと感じています。

調査で指摘されているように、自分は金持ちや平均的な収入の人だと思っているが、かつては貧困生活を送っていた人は、一生懸命働いた(10%)、働き始めた(7%)ことで生活水準を向上させることができたと答えた。 )、より良い給料の仕事を見つけました(5%)。

ロシア人のほぼ半数(45%)は、人の幸福は主に国家によって確保されるという原則に基づいて社会を構築すべきだ、と考えており、38%は自分たちの努力に依存していると考えており、16%は答えるのが難しいと感じています。市民の半数以上(52%)が、ほとんどの場合、人は貧困を克服し、本当に望むのであれば彼らの幸福を大幅に改善できると確信していることが明らかになり、40%は、強い願望があっても、ほとんどの場合、貧しい人々には機会がないと答えました。財政状況を大幅に改善し、8%が答えるのが難しいと感じました。

11月13〜15日に、18歳以上の回答者1,000人を対象に、携帯電話と陸上の電話番号をランダムにサンプリングして、全ロシアの電話調査を実施しました。統計誤差は3.8%を超えません。

参照:https://www.audit-it.ru/news/personnel/1025395.html

なお、上記は記事を直接Google Translateでオリジナルのロシア語記事を日本語に翻訳したものを翻訳されたものに近い状態で掲載しています。ロシア語と英語間の翻訳レベルに比べてロシア語と日本語間の翻訳レベルはまだまだ劣る、という実感がありましたが、今回こうして翻訳してみると、十分に内容を理解できるほどの高いレベルであるという印象です。AIの力もあるのか、翻訳のレベルが上がっていっていることを感じました。

果たして日本の貧困層はどうなのでしょうか、数値の計算方法の根拠を把握していませんが、厚生労働省の統計によれば、平成27年(2015年)時点では15.6%とのこと。そして、子供がいる大人が一人の世帯の貧困率は50.8%。離婚率も高いロシアでは一人親世帯は多く、女性でもバリバリと働いている人を多く見かけてきましたが、やはり親や祖父母の支えというものが無くしてはそれも成立しない気がします。私がモスクワで働いていた時の経験では、子供を持つ女性スタッフの大半は母親や祖母といった身近な存在の支えに頼って仕事を続けていたように思えます。

参照資料:厚生労働省の統計

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/seigo_g_171005.pdf

ポイントカードのトリック。1円の節約と思考と時間を失うリスク / The trick of Point card. Saving 1 yen and the risk of losing time to invest for future

帰国して日本の生活に戻る中で感じること。それは、あまりにも電子マネーの種類が多く、どれを選んでいいのか悩ましいことです。調べて行くとどれもメリットはあるのは事実ですが、果たしてそれだけ多くの種類が乱立していても顧客にとってどれだけのメリットがあるのだろうかと感じています。

ポイントカードのトリック

選択肢があることは良いことでありますが、一方で選択肢があることにより余分な時間を取られてしまうことの非効率さを感じます。スーパーマーケットはそれぞれのお店のポイントカードを発行し、使える電子マネーの取り扱いを増やすことでお客さんを固定客にしようとしています。お客さんはそのポイントが溜まった時にそのポイントを使うことでお得感を感じ、一層その店で購入する意欲が高まります。お客さんは購入するお店に応じて電子マネーの使い分けを考えて賢く利用しています。量販店やスーパーマーケットなどのお店(ここでは小さな個人商店ではなくて、大手家電量販店などを念頭に置いています)が発行しているポイントカード使っていて面白いことは、実はポイントが付与されるからといって、それは決して真にお得ではないという点に気づいた時です。

これはロシアで生活していた時にも感じたことですが、モスクワの駐在員ならば誰もが利用するであろう上位にランキングするスーパーマーケット「アズブカ・フクーサ」。

https://av.ru/

とあるサバの缶詰を購入したとき。このスーパーよりも価格は安く、サービスや取り扱い商品も劣るのですが、健康志向でモスクワっ子にも人気がある「フクース・ヴィル」

https://vkusvill.ru/goods/

でも同じ商品が(きちんと覚えていないので具体的な値段を記載できないのですが)明らかに安い値段で販売されており驚いたことを覚えています。アズブカ・フクーサでは、一定の累計ポイントを溜めると、1か月間お店に立ち寄ってコーヒーや紅茶を無料で受け取れる還元も行っており、そのポイントを溜めようと思う十分なインセンティブにもなります。ポイントが溜まり、一定のポイントが貯まった時にそのポイントで商品を買うと何だか得をした気分にもなりますし。しかし、このサバの缶詰の件以降、このポイント貯めようとアズブカ・フクーサに通うことに何かメリットがあるのだろうか?そもそも同じ商品を安い値段で提供しているお店で買うほうがよっぽどメリットがあるのではないかと。そう思いました。

日本に帰ってきて同じようなことが。冬を迎えるにあたって電気ストーブをビックカメラのオンラインショップで購入し、ポイントも10%付き、お買い得感が満載です。とある日、近所にある日曜大工のお店で同じ商品を見つけた時、値段が明らかにビックカメラでゲットした10%のポイントを考慮しても、もう少し安く販売されていました。お得感を与えるためのポイント制度。でもよく考えてみたら、お店はそのポイントを考慮した値付けをしていることは当たり前で、そのポイントに購買客は”踊らされて”また次の電化製品を購入する時には再びビックカメラにやってくる。非常に上手くできている仕組みです。ポイントカードはそのお得感を非常に顧客に訴えてくるものがありますが、そもそもその商品の販売価格がいくらで市場で売られているのかを一度考えてみるのがよいかもしれませんね。

1円の節約を意識して思考と時間を失うリスク

主婦は1円でも安い所にかけていく、と以前に聞いたことがありますがその気持ちは、日本に帰ってきて分かります。駐在生活とは異なり、日本の現実の給与水準で生活をすることになると自分自身のお金の管理もよく注意するようになりました。初めて家計簿なるものをつけ始めています。記録してゆくとだんだんと自分の生活スタイルが分かってきます。そうすると同じ商品でも近隣の異なるお店で異なる値段で売られているものを見ると、より安いものを購入しようとか、特別お買い得セールを行う日まで購入を控えようなどといった意識が働くことがあります。それは正しいことだと思うのですが、そういったお金の金銭感覚を常に重要視することと同時に、お金では買い取れない貴重な時間が失われることの危険性も感じます。頭の中で潜在的思考がお金のことに占有されてしまい、将来に向けた自分自身への投資のために意識する集中力や払うべきお金を躊躇してしまう、そんな感情も湧いてきます。1円を常に考えた日々の生活を行うことも重要な一方で、自分自身の思考回路はより大切なことに意識を向けて集中できる環境を整えておくこと。節約術を覚えることは大切ですが、ポイントカードや電子マネーの種類は多くあれども、それらのメリット・デメリットには決して大きな大差がないであろう、と想像すると(細かく検証はしていないのですが)、自分自身の生活スタイルを把握し、自分自身の生活圏で有効だと思える支払い方法を選択し ー クレジットカードや電子マネーでのお金の使い過ぎリスクをきちんと管理できることを前提とすれば、今の時代に現金だけで生活することはとても賢いことではないと思います — その方法をを採用する、新たな情報は収集しつつ、比較しつつ、今の支払い方法の正しさを確認しつつ。そうであれば、1円のために自分の大切な投資となる時間を倍取られかねないような節約の仕方を避けて、かつ「あっ、1円損をした。どうしてこの方法で支払わなかったのだろう…」といったネガティブな思考を出来る限り取り除きたい。人間というものは損をしたことに対するショックは必要以上に大きく、後に残るといわれていますし、それを実感しています。ロシアで為替暴落により数十万円の価値を一気に失ったショックは思い出す度にやっぱり凹みます。

家計簿+エクセルスキルアップ

家計簿をつけることによって自分自身のお金を使う指向性であったり、キャッシュフローや自分自身の資産のポートフォリオを見ることができること。なおかつExcel ファイルで作成しているので、自分自身のエクセルの勉強にもなります。いつかこのファイルをブログの中でも紹介していけたらとファイルを整備中です。

一番の節約術は、ポイントのお得感に惑わされずに不要なモノ・サービスを購入しない。毎月定期的に出てゆく固定費を可能な範囲で下げること。ー 大変シンプルな法則かもしれませんね。そんな風に思えてきました。

商品レビュー:Dell ドッキングステーション D6000を使ってみて / Review: Dell Docking station ”D6000”

リモートワークとなってからというもの、自宅で外付けディスプレイの接続が面倒であることから、ドッキングステーションを購入することにしました。Youtubeのレビューやインターネット検索でおすすめされている機器を検索したのですが、一体何を選んでよいのか?これが素直な印象でした。どれも良さそうに見えますし、かといって値段も随分と違います。その違いは何にあるのか…?これだ、といえるものに出会えず。最終的にはロシアでも利用していたDell製のドッキングステーションに落ち着きました。といっても、ロシアで使用していたものとは異なります。会社で使用しているDell製Latitude5300に合うドッキングステーションを探している、とのことを法人のお客様向けと書かれているDellカスタマーサポートに強引ではありますがメールをすると、大変丁寧に対応してくださいました。

Dell カスタマーサポート(購入前のお問合せ)

その問い合わの結果、紹介していただいたものがD6000です。

created by Rinker
¥33,171 (2021/04/12 08:48:41時点 楽天市場調べ-詳細)

利用中の音

さて、実はD6000を購入する前に新品で以下の商品を購入しました。

このドッキングステーションに2台の外部モニターを接続しておけば、パソコンをこの製品に接続すればすぐに2台のモニターが利用可能になる。私が必要としていた機能であり、それ以外にもSDカードも読み込めて、商品スペックは決して悪いものではないのですが、電源を入れると低音で鳴り続ける電気の音が気になってしまいました。一日中使用し続けていると頭痛のもとになりかねないと判断し、返却させていただきました。私自身が音に対して敏感なほうだからこそで、もしかすると一般的には大きな問題ではないのかもしれないのですが…それに比べてこのDell製品はほとんど音がしません。商品そのものも重くはありません。それに比べて電源バッテリーは本体以上の重さがありますが、持ち運び用ではありませんので全く気にしていません。

本体の電源がない

以前に利用していたドッキングステーションには電源オン/オフのスイッチがあったのですが、D6000にはありません。コンセントを差し込むと通電し、使用しないときにはコンセントからプラグを抜くか、私は使っている延長コードに付属している電源スイッチをオフにしています。

利用方法

ラップトップにはUSBのType-C一本で接続。HDMIで一つ、デジタルポートでもう一つ、計2つの外付けディスプレイに接続して利用しています。モニターはDellのU3419W 34インチのワイドディスプレイとLGの43インチ4Kディスプレイ、43UN700-Bの二つです。両方ともそれなりに大きく、二つを同時に利用する、というよりも細かい数値を扱うエクセルファイル内の数値チェックのために俯瞰的にファイルをみるときには43インチを、メインで常時利用するのは34インチモニター。そんな風に使い分ける形になりつつあります。

率直に言えば、ドッキングステーションは安定的に、静かに作動し、自分で必要とするものが付いていればよし。「きっと将来これも、あれも必要となるかもしれない」といって不要にたくさんの機能が付いたものを購入する必要はないのだろうな、という感想を持っています。Youtubeでお勧めされているドッキングステーションはその多くがAppleユーザー向けが多い印象を持ちました。ただ、我々のような会社員はほとんどがWindowsのパソコンを利用していて、Youtubeで勧められるものは使えるとしても決してベストな選択ではないのかもしれません。

商品の紹介はDellウェブサイトで見ることができます。購入前に手間であってもカスタマーサポートに質問して信頼のできる回答を得ること。それが結果的には正解へたどり着く最短距離だと考えています。

https://www.dell.com/ja-jp/work/shop/dell-universal-dock-d6000/apd/452-bczd/pc%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%BC

「本当に言葉ができる人っていうのは、自分が話す相手に応じて、相手が分かりやすいように話すことができる人のことだ。」/ “A person who really knows to speak a language is a person who can imagine the person who he/she speaks to”

「本当に言葉(外国語)ができる人っていうのは、自分が話す相手に応じて、相手が分かりやすいように話すことができる人のことだ。」

そのように友人から聞いたことがあります。これを聞いた時、とても深いなぁと思ったことを覚えています。ロシアで勤務しているとき、日本からやってくる出張者の中には大変流暢で発音も素晴らしい方々がいました。本社の方針やトレーニングのために準備してきた内容を英語で説明しています。ロシアの会社では英語ができるスタッフを原則採用するようにしているので、スタッフも問題なくコミュニケーションを取ることができますし、会社で働くスタッフは日本人よりもずっと上手に英語を話す人が多い印象がありました。そんな中でも英語を苦手とするスタッフも中にはいます。きっと速いスピードで話される英語の内容についてゆくのは容易ではないでしょう。それでも話し手はとめどなく流れるように英語の塊を次から次へと生み出していました。もしかすると、人によっては、英語を話していること自体に話し手自身が満足しているかのように思えたかもしれません。

言葉を話す上で大切なのは、学習を重ねれば重ねるほど、その人の人間性がより重要になってくるのかもしれません。どれだけネイティブスピーカーのような”綺麗な”発音ができるようになるのか、どれだけ正確に文法を正しく用いるか、どれだけ語彙力があるか、テクニカルな部分は重要ですが、きっと、話し手が仮に外国語のスキルが弱いとしても、その人に備わった素晴らしいものがあれば、聞き手はその重さを察してくれるのだと思います。テクニカルな部分が弱ければ、熱い議論や瞬発力を要するような場面では全く歯が立ちませんが、じっくりと話を交わす場面や、発言力が弱くても文章にすることで”発言する”ことだってできるはずです。語学学習をする上で、どうしても語彙力、文法、発言といった部分に焦点が当てられますが、そのテクニカルな部分中心の言語学習から早く抜け出したいものです。

日常の仕事の場面では、― とりわけ駐在員として会社で働く上では ― 言葉の瞬発力や言語力の高さを要求されるケースが多くあるのは事実ですが、テクニカルな部分をある程度固めたのであれば、それ以上に単に外国語の勉強に時間を費やすよりは自らの人間性を深めるようなことに時間を費やすことが総合的な言葉力を高めることに繋がるのだろうなぁと思ったり。

人間性が高くなると、人は聞き手のことを考えることも出来て、ただ自分が発言をしたい、という気持ちだけではなく、相手は私の発言を分かってくれているのだろうか?どうしたら相手の心に言いたいことが伝わるだろうか?と考える。それが相手の身になった上での発言となり、本当の意味で言葉の使い方に長けた人になるのだろうなぁ…そんなことを考えると、冒頭に挙げた友人の言葉とても意味が深いです。