とある日の朝、マクドナルドでお金のことを考えてみた / One day morning, came to my mind at McDonald’s about the money in Japan

今朝、マクドナルドにて朝マックを。モーニングセットでいつも250円。「はい、300円になります」…あれ?以前ならあまり50円の差を気にすることも無かったし、そもそもマクドナルドはあまり身体の健康に良くないという印象がある…のだが、気軽に入れて安く済むこともありマクドナルドは貴重なリモートワークの拠点の一つ。それらの点を考慮に入れながら、モスクワでは週末朝には大抵McCafeのコーヒーとクロワッサンやパイなどを注文して仕事をしていた、そんなあの頃が懐かしい。

帰国してからのマクドナルドでは、こんな気になったこともあった。単品で注文した際にスタッフによっては何も言わないとMサイズになっていて、値段が思っていたのと違っていたり。Sサイズで良かったのに…。いつも注文していた時にはSサイズが何もいわずとも出てきたのでそんなものかと思っていたらどうやら違うようだ。それとも若いあの店員は、お客がサイズを言わないことを賢く利用してマクドナルドの店舗の売上に貢献しようとしていたのか?

冒頭のマクドナルドの店員は、その後もドライブスルーで受ける注文のミスもしていたようで、もしかすると店員さん自体に問題があるのかも。メニューには¥250と書いてあるのに店員さんが打ったレジは¥300を表示したまま。たかが50円、されど50円。以前のMサイズ事件を思い出し、「コーヒーのサイズはSでよいですよ」と念押しをする。そのうち、「店長~」と、キッチンにいるらしきスタッフへの助けを呼び出した。こうなるとレジのメニュー登録に何か誤りがあるに違いないと納得。…が、「あっ、250円でした。」…それってただ単に別のモーニングメニューを選んでいただけじゃないでしょうか、と心の中でつぶやく自分がいたのはご想像の通り。声に出して文句を言わないだけ立派な大人です。

さらに、クレジットカードのタッチ式で支払を使用とマシンの上にカードをかざすと「お客様、ICチップ付カードはICチップが付いている方から機械に挿していただかないと…」と言われて、「そうですね」と言いながら(いや、ちがうんじゃないかな、と思いつつもこれ以上は店員さんと円満なままにお別れしたいと思い)挿そうとしたらレジからレシートがジー…っと出てきて「あっ、(精算が)できていますね…」と。

こんなちょっとした短いやり取りの中から得られる教訓が。

一つは、日本に帰国してからというもの、自分自身の払うお金に対して意識が高まったこと。モスクワで生活していた時には意識していなかった自分の払うお金の意味。モスクワではお金を払うことから得られる貴重な経験、という口実を元にあまり家計を気にすることもなく支出を重ねていた気がする。今、日本に帰ってきて感じること。サラリーマン。自分の受取っている給料は一体自分のどんなスキルに対して頂いているお金なのだろう?例えば、同僚との話に多少花が咲いて30分間、”業務時間”が増えた。オフィスでの円満な人間関係のためにも会話は大切だし、それは不可欠。でもその頻度が高く、積りに積もって毎月何時間もの”残業時間”が生まれそれに対して時間外手当を頂く。もしそんなことがあるとすれば、そのお金って自分のどんな”仕事”に対価として支払われるものなのだろう?意外に会社の経費を削減する要素ってこんな簡単なところにあるんじゃないかって思う。いや、きっとみんな分かっていることなのかもしれない。もちろん口で簡単に経費削減といっても簡実際には難しいに違いないのだけれど。

モスクワで現地採用として働いていたとある日本人の方曰く「大企業の人は全く世間の人と感覚が違いすぎる!」そしてきっと大企業の方からすれば会社の環境が自分たちの”世間”であり、そこで成り立つ世間で大部分の時間を過ごしているが故に、それ以外との交流が少なく、その方が述べていた意味を理解するにも苦労するかもしれない。まとめると、自分の頂くお金の意味を考えると、実は自分の言う”仕事”というのは会社を出て勝負するにはあまにも心細い”仕事”であり、これらに対する対価として頂くものなのかもしれない。「給料ってのは、仕事で苦しむことに対する対価としてもらうんだよ」と、新入社員の夢を壊すような悲観的な発言をしていた上司がいたけれど、確かに社内での物事の調整役に追われたり、ひたすら決まらない会議に出席することなどが続くと、その上司のコメントの意味も理解できるような気がする。

また脱線してしまったのだが、自分自身の頂くお金は相当特殊なものであり、かけがえのない、貴重なものだということ。本当の”世間”に出たら、今の自分の行っている”仕事”にお金を払ってくれる人なんていないのかもしれない。そう考えたら、50円でも1円でも自分の払うお金の意味を考えることに。そして、自分自身が謙虚になる必要をいつもリマインドしてくれる。一方で自分の投資になるために使うべき時を逃さないことも大切で、自分の使うお金の意味を考え続けていると投資に躊躇してしまう自分がいてそれもまた見極めが難しい。

2つめの教訓は、”お金 in ジパング”。日本人はお金に対して云々といったテーマは数多く語られているのでここではそれは止めておいて、ロシア人と日本のことを会話すると「日本は世界の最先端の技術がある夢の国。ぜひとも行ってみたい!」という強い憧れを持っている人が多い印象。日本はなぜあれほど高度に発展して豊かなのだろう、和食は大変健康的で美味しい、平均寿命も長い、温泉、富士山などなど、かつて日本に来ることにあこがれたヨーロッパ人のように目を輝かせるロシア人が多い。実際に自分の生まれ育った日本に戻ってきてみると、「なぜこれほどまでに現金主義の人が多いのだろう?お店でも現金しか受付けないお店も多い。また、なぜ店員はあれだけ何時間もレジで働いていてタッチ式の支払方法があることを知らないのだろう?(つまり、それだけ多くの人が現金や通常のICチップ方式の支払方法を多用しているということだろうか?)」ー そんな風に思えたり。モスクワでの生活で現金で支払う光景を目にするのは、高齢のおばあちゃんおじいちゃんが細かいコインを何枚も順番に、ゆっくりポケットから出すのを後ろで並んでいる人たちが若干イライラしながら眺めている、現金を見るのはそんな場面だけです。…なんてことはさすがにありませんが、現金で支払っている人の方が少ないことは確か。世界に誇るモノづくりの国ではお金に関しては他の先進国の国々の基準とは異なった文化が育っている - 大量のポイントカード然り - のでしょうか。そんなことが不思議でもあり、ますます世界の人を魅了する日本文化なのかもしれません。

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ロシアのモスクワにある日系企業の管理部門に7年間勤務した後、現在は日本で働く会社員です。モスクワでロシア人と一緒に日々仕事をする中で、私たち日本人が経験するアドミ業務についての情報、課題、考えなどを少しでも多くの方々と共有したい、アドバイスをいただければ、と思いブログをはじめました。 経理、労働法や人事制度の仕組み作り、ITスキルを応用した仕事スキル向上、EAC認証などの幅広い管理課題に取り組んでいます。 とりわけチームビルディング、部下とのコミュニケーション、モチベーションアップ、という課題は世界共通だと認識しています。そんな話題も中心テーマの一つです。

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