日本旅行記 其の1:相手にとっての相応しいものと自分にとってのそれとは違うもの / Travel in Japan : What tourists want to see and What I want to show are different

ロシア人の友人が年始の休暇に日本を訪れることになり、旅行のガイド役を務めるべく約5日間、一緒に彼らと過ごしてきて日本観光を楽しんできました。初日は皇居を訪れて偶然にも天皇陛下とその周辺の方々を見て、東京スカイツリータワーへ。こちらはすっかり時差ボケを感じ、彼らを待つ間に何度も頭がガクと崩れ落ちるのを経験しました…。翌日は横浜見学。ランドマークタワーの展望室から眺めた夕方の富士山の美しさに誰しもが目を奪われていました。私はみながカメラを構え、同じ顔をして同じ方向を眺めているその光景にすっかり目を奪われてしまいましたが。美しいものをみるとみんな幸せな顔をしています。

そしてその翌日は歌舞伎座を訪れて5時間通しで見た後、はじめてのうどんにトライ。確かにモスクワでは一般のお店でもそばが置いてありますが、うどんはほとんど見たことがありません。「私はうどんのほうが気に入ったわ」といってとても喜んでもらえました。そのあとはTeam LaboによるDigital Art museumで大はしゃぎ。実際に足の裏で床を感じ、実際の水にひざ下までひたりながらデジタルの鯉を追っかけてみたり。流れゆく光の中に身を置いて幻想的な空間に浸ってみたり。日本には世界に十分誇れるものがあることを体感してきました。3日目は浅草をのんびり散歩したあとに隅田川の遊覧船でお台場へ。フジテレビの展望台閉まる直前に何とか間に合い、ニューヨークよりもずっとずっと綺麗ではないかと思うくらいの日本の夜景の美しさに酔い浸りました。日本は何と美しいのでしょう。彼らに同行した最終日は、小田原から箱根までです。箱根湯本から旅館に向かう道中で圧倒的な存在感を見せる富士山を眺めては何度も止まって写真を撮影。昔の人が富士山をみて崇高の念を持ったことにも納得ができます。冬で空気が澄んでいることもあるのでしょうか、大変綺麗な富士山を眺めることができました。


約1年半ぶりに帰国した日本、色々と感じることがあった時間でした。そして、改めて日本の美しさ、すばらしさを感じる機会となりました。駐在を経験された方から何度となく聞く言葉は、いかに自分が自国の歴史、文化、日本の訪れるべき場所を知らない(出かけたことがない)かを駐在期間を通して知ったこと、帰国してからは積極的に自ら出かけるようになった、ということです。それを私自身も感じています。


さて、今回のテーマは自分がよかれと思ってやってあげたいこと、これはやるべきだという自分の思い。そして、こうであろう、という自分の中で予め創造する相手から期待する反応。一方でそれを提供される側の希望や反応の仕方に生じるギャップについてです。これを見せたい、これをトライしてもらいたい。そう思って実行してみたものの、あれっと思うことだってあります。


最後の別れ際に、私は仕事の都合上先にモスクワに戻る必要もあり、箱根を一緒に散策してから戻った旅館にてお別れをしました。最後の別れ際に「家までの帰り道でおなかがすいて倒れてしまうと心配だからこれ持って行って」、と渡してもらったのは私が小田原駅で買った日本の味、かまぼこ。みな一つだけ食べた後は食事のほとんどに手を付けずに残しており、逆にほとんどすべてをもらってしまいました。とってもおいしいものなのに気に入ってもらえなかったのだろうか、考えようによってはそんな風に感じてしまうかもしれません。

人はそれぞれ育った背景も嗜好も異なる。そんな中で自らの考える、日本の観光の在り方に執着してしまう危険。自分の中にある余計なエゴが出てきてしまい、相手の気持ち、旅行を台無しにしてしまう危険があるなあ、感じます。箱根湯本駅から宿まで乗ったタクシー運転手は大変サービス旺盛で、見どころのポイントごとに立ち止まって説明をしてくれます。写真スポットでは、ここは全員で写真を撮ったらいいんじゃないですか、撮りましょうか、と丁寧に聞いてくれます。「ここは400年前に実際に人が通っていた東海道だ」「このお玉ヶ池はねえ…」と言って、車を止めてこの池の名前の所以を話してくれます。わざわざ寄り道して観音菩薩像を見せてくれることまで配慮してくれました。後部座席に座るロシア人を振り返ると、苦笑いをしながら、小声で「…ねえ、大丈夫?私たちの今日の残りの予定をこなす時間が無くなってしまうのではないの…?」と苦笑いとともに聞いてきます。私の語学力が完全に伝わるほどに通訳できるわけでもなく、ロシア人旅行者も決して道中で見る光景に興味を示すわけではありません。


きっと本来であればロシア人旅行者の彼らが希望する優先事項を事前に理解した上で道中のスポットの立ち止まり具合を決めて運転手にお伝えしておくべきであったのかもしれません。丁寧に説明してくださる運転手に「大丈夫です、ここはパスしてください」というと、「そう…。」と何とも少し納得がゆかないような、寂しそうな様子です。また、一般的に言われる国民性であったり、食習慣の違いがあることから観光の仕方や時間の過ごし方があります。それも潜在的に自分の中でそれに沿って相手の行動を決めてしまう危険もあると思います。全く日本を知らないロシア人に対しては、「東京と大阪では言葉の違いがあって、大阪に出かけて関西の文化、言葉の違いも楽しむとよいですよ。」といっても無茶だと思われます。そもそも日本語すら知らない人に方言を説明してもわかるはずがありません。旅行前に一緒に食事をして日本について話す機会がありましたが、私が東京と大阪のこの言葉の違いを話したところ、「ロシアは北からチェチェンのある南、ウラジオストクの極東まで途方なく大きくてあらゆる人間がいる。言葉を理解し合えるといっても、そんな中でお互いを分かり合うのもやっと。それでいて日本のような小さな国で、言葉を全く分からないにも関わらず、わずかな旅行期間で方言の違いが分かるはずがないよなあ。」と娘を送り出すお父さんに笑われてしまいました。確かにそうですね。こんなやり取りから、相手が望むものはなにか?それに対して自分はどのように応えることができるのだろうか?自分の言動は潜在的に自分の気持ちを相手に押し付けてしまっていないだろうか?…そんな点を考える助けになると思いました。


さて、少なくとも、私が ― 私の勝手な思い込みであると言われればそれまでですが ― 感じるロシア人の一般的な常識は、朝が弱い、言い換えれば朝が遅いことを好む人が多い。私の中では、ホテルの朝食は朝のオープンしたばかりのビュッフェには大概日本人。日本人が食後のコーヒーを飲み終わって部屋に戻るころにようやくロシア人の宿泊客が現れる ー そんなイメージです。また、日本の旅行者はいくつかの名所を短い期間で見る計画を立てて、早めのペースで回ることがある。そもそもロシア法律で要求されているルールに(罰則規定はありませんが義務として定められています)1年の内に1度は14日間連続の休暇取得を求められているロシアと違い、一般的には1週間の休暇が最大の日本、それも同じ時期に(私が勤めている会社はそうですが、今はかなり多様化しているのでしょうか)。そんなこともあってか日本人の観光旅行者は少ない日程の中にぎっしりと予定を詰める傾向にあるのかもしれませんね。人によって異なるので、~人とはこうである、と一括りにしてはいけないことは分かっていますが、一般的にみられる傾向として感じていることを書いてみました。このように短い時間ではありましたが、この数日間で得た気づきもあり、日本を知るよい機会ともなり、大変有意義な年始を日本で過ごしてきました。

さて、早くも1月も間もなく終わり。休み明けも時差ボケに悩まされ、来季予算資料の取りまとめ作業に追われ、従業員が辞めてゆき、輸入商品への取得義務である認証EACの対応に追われ…よく言えば、まったく飽きる暇のないロシアで仕事に明け暮れる毎日です。

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ロシアのモスクワにある日系企業の管理部門にて長く勤務した後、現在は日本で働く会社員です。モスクワでロシア人と一緒に激動の日々を過ごした中で当時悩み、もがいていた管理業務の情報、体験談を少しでも多くの方々と共有したい、との思いがきっかけとなりブログを始めました。今はロシア、ウクライナの友人たちと連絡を取りながらロシア語の勉強を続け、ただただ平和な世界が来ることを願う日々です。

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