カティンの森を訪れて人間について考えた… / Thinking of the human beings when visiting Katin forest

カティンの森事件(約22,000人ほど ― 正確な数字は不明 ― のポーランド人捕虜がソヴィエト政府によって殺害され、この場所に埋められた) ― 誰もが学生時代の世界史授業で学んだことがあるはずです。11月3日(日曜日)にモスクワからカティンの森へ日帰りで出かけてきました。まさか学生時代には自らここに行けることになるとは想像もしなかった…。まずモスクワから西へ約400 kmに位置するスモレンスクへ。ベラルーシ国境へはわずか80 kmの距離です。モスクワからここまで電車で快速列車で約4時間。さらにスモレンスク中心から西へ約20kmの位置にメモリアル・カティンがあります。

わずか23RUBの乗り合いタクシーに乗って猛スピードで走りぬけて20分も経たなかったでしょうか、あっという間に終着駅に到着しました。そこは人通りがなければ廃墟といっても信じてしまうような場所…このような場所に人が住んでいるのか…と。乗り合わせたタクシーは目的地の手前までしか行かないルートでしたので、そこから徒歩で30分くらいかけてうっそうと白樺が生い茂った森へ徐々に到着しました。

正面のメインゲートではなく携帯電話で示された裏通りに入り、誰もいない一本道を一人でしばらく歩いてゆきます。天気も悪く、風に揺られた高々とそびえたつ白樺がときどき、ギギギギギ…ともウウウウウとも聞こえるような音を不気味に立てています。ガサガサ、と左手で音が急にし振り向くと犬が。一気に遠くに走ってゆきます。視線を上げるとその先には一人の年配の男性が動きもせずにずっとこちらを向いているのが分かります。犬と散歩中のようでした。なぜこんなところに人が…いや、相手も同じことを考えているだろうか…。そして相手は犬の動きに合わせて再び前を向き、こちらに背を向けて歩き出しました。こういうのは苦手ですね…誰もいない中を二人の人間がお互いの距離感を意識しながら歩調を合わせる。どんなにゆっくり歩こうにも相手のほうが遅いため、その距離が縮まります。もうこれ以上無言ではいられない、静寂の中で何も言わずに素通りはできない。そこで「こんにちは」と声をかけると、最初は無表情ながらも会話が始まり、こちらがなぜこの道を歩いているのかを説明すると、「道を教えてあげるから途中まで一緒に来なさい」と、途中までガイドしていただけることになりました。そして当時の歴史を語ってくれました。ロシアの人にとってはあまり触れたくない負の歴史でしょうか。こちらから何か感想を言うわけでもなくずっとその方のお話を聞いていました。「Это наша история…(これは我々の歴史だからな…)」と感慨深く発言していたのが印象深く残っています。この場所で約80年間に凄惨な事件が起こっていたのか、当時の状況をこの森はずっと見ていたのだろうか…ただただ考えてしまいました。まして毎日のようにモスクワの煌びやかな世界だけを見て生活していると、生きることの根本的な何か…を忘れてしまいます。犬は楽しそうに我々の周りを駆け回っています。男性に話しかけるやいなや、人懐っこく「おいおい、その人の邪魔するんじゃないぞ」というご主人の声をなんのその、こちらにぶつかってきました。なんだかんだと気が付けば49年もここに住んでいる。サンクトペテルブルクから100km北にいった町で生まれ、ここには建設労働者としてやってきてすっかり土地の人になってしまった。静かで空気もよい、この場所が大変気に入っているよ。とのことでした。短い時間の中の会話を楽しんでから、私の目的としていた入り口にたどり着き、そこで握手をしてお別れ。

敷地の中にはわずかな訪問者だけで、時折この場所を一人で貸し切っているのではと錯覚するような時間も何度かありました。そのおかげで静寂の中で一層、「人間って一体…なんなのだろう?」そう考える時間が生まれました。カトリック、正教会、ユダヤ教、イスラム教のエンブレムが並ぶ碑を見て考えてしまう、宗教って一体なんだろう。いずれも同じ神様を崇拝しているはずなのになぜ?疑問は消えません。犠牲となった方の中には正教の祭司と思われる人の写真もありました。神という名のもとでお互いに殺し合い、ただ政治のために善人が犠牲になったのだ、と。ここまで歴史を見ていても、ではなぜこのようなことが起こるのか?人は考えることを止めてしまっている気がします。どのように考えているのか不思議なので、ロシア人に尋ねてみるのですが、自分なりの答えを見つけて、それ以上深く考えないようにしている、そんな気がします。ロシア人を観察していても、神というものが形骸化している。神を信じているとは言っても、その存在の実態を感じない中で、教会に行きあの荘厳な雰囲気に酔っている…。そして、生活も国の経済も一向によくならない。毎日をただ楽しもう、と。

時々、人というのは生きていることのほうがずっとつらいこともある、と感じることも時にあります。病んでいる、というわけではなく、スモレンスクの町中でも苦しそうな顔をしてたどたどしく歩くおばあちゃん、足を引きずりながら歩いているおじいちゃんの顔を見てその思いが強まりました。それでも当時何も知らずにこの場所で殺害された人たちのことを思うと、その無念さは想像を超えるものがあります。今日、この場を歩き、一つ一つの見る場所を訪れ、足を止めて観察する中で、命の大切さについて考えさせられる時間となりました。ロシア人にとっては自国の負の歴史を目のあたりにする場ですが、このような歴史教育がどれだけ大切か考えさせられます。子供を連れて歩いている親子連れや若いカップルの姿。そんな人たちはどんなことを考えてこの場所を跡にしていったのでしょうか…。定期的にこのような場所を訪れることで当時のことを想像し、自分自身の今のあり方を客観的に見つめてみる。そんな時間が貴重です。

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ロシアのモスクワにある日系企業の管理部門に7年間勤務した後、現在は日本で働く会社員です。モスクワでロシア人と一緒に日々仕事をする中で、私たち日本人が経験するアドミ業務についての情報、課題、考えなどを少しでも多くの方々と共有したい、アドバイスをいただければ、と思いブログをはじめました。 経理、労働法や人事制度の仕組み作り、ITスキルを応用した仕事スキル向上、EAC認証などの幅広い管理課題に取り組んでいます。 とりわけチームビルディング、部下とのコミュニケーション、モチベーションアップ、という課題は世界共通だと認識しています。そんな話題も中心テーマの一つです。

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