業務効率化とリスペクトのはざまでもがく / Struggling between work efficiency and respect

深夜近い地下鉄駅「Парк победы(Victory park)」にて。空間の広がりの中に一人で立っていると不思議な感覚に。

ステレオタイプで申し訳ないのだが、ロシア人はやたらと立派なオーバーな言い回しで、そして少々冗長な言い回しをする人が多い気がする。といってもあくまで日頃接するロシア人スタッフとのコミュニケーションを通しての評価でしかないのですが。

それは恐らく、ロシアでは立派な詩や物語などを人前で朗々と、抑揚をいっぱいにつけて語る文化がある(ように思える)ことと関係があるのではなかろうか?きっと子供の頃からそのような場面が用意されているに違いない。テレビを観ていると、子供が聴衆の前で語る場面、それを大きな拍手でたたえる様子、(観光名所でお金目当ての目的もあるのだろうけれど)若者が大きな声で身振り手振りで立派に詩を語っている場面、先月に訪れたロシア人の友人の結婚披露宴では、新郎新婦に向けて新婦の姪にあたる小学生の女の子が立派な口調で素敵なお祝いの言葉を朗読していた。

上の立場になればなるほどに発する言葉の重要性、その言葉の持つ重さを十二分に感じる一方、日常ビジネスにおいてはむしろ逆で、“演説”や“物語”を書くのはもういいから…立派な言葉はいらないからとにかくシンプルなメールと会話を心がけてくれないか、といつも請願する日々。

また、時々かかってくるこんな電話。受話器をとって「Hello」と応えると、自動音声が流れ「あなたには、ロシア連邦第XXX条に定められている通り、(間が少しあった後に)無料の法律相談を受ける権利があります。」と。いちいち堅苦しい法律の文言を最初に持ってくるな、と言いたくなり自動音声にそんなこと言っても意味がないので仕方なくそのまま受話器を戻します。

Dear XXX

相手一人に対してメール送信の場合、誰にメールを書いているのか容易に分かるため、Dear XXXという書き出しはカットしてよいと考えています。社内ビジネスメールはいかに相手に早く的確にポイントを伝えることができるか?が重要で、メールだけ見ればドライな人に見えてしまっても、それは直接のコミュニケーションの温かさでカバーできると考えているのですが、世の中どうもそう上手くいかないようです。社内全員に向かって「これから私は一人に対してメールを出す場合、メールの書き出しに名前を入れるのを止めます、効率的に仕事をしたいからです。皆さんも私に対してメールを書く際にはXXXsan、は一切不要です。効率的に業務をしてゆきましょう。」とメールを書いたものの、受け入れられませんでした。今でも。名前を書いてメールを書くことはとても重要なことなんだ、と。人に対するリスペクトが足りない。あなたが私に名前無しでメールをしてきたら(つまりリスペクトをしていない証拠)、私も宛名無しで返事します。名前を入れてメールを書きだすことは大切です、とスタッフの一人に言われてしまいました。

業務効率化、これは正しいはずですが、そこから人への敬意を表すことを外すことはあってはならないのだ、と学習しました。今では相手の名前を入れてメールを書いています。といっても、次第にいつかはこちらの考えている意図も分かってくれるはず、日頃の態度で相手への敬意を示しつつ、それと共に徐々にメールの効率化に向けてじわじわと密かに努力中です。といっても相手の名前をカットすることは今後もないでしょう、今のところは。一つのことを全く異なって捉える、ほんとに人は深いです。

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ロシアのモスクワにある日系企業の管理部門に7年間勤務した後、現在は日本で働く会社員です。モスクワでロシア人と一緒に日々仕事をする中で、私たち日本人が経験するアドミ業務についての情報、課題、考えなどを少しでも多くの方々と共有したい、アドバイスをいただければ、と思いブログをはじめました。 経理、労働法や人事制度の仕組み作り、ITスキルを応用した仕事スキル向上、EAC認証などの幅広い管理課題に取り組んでいます。 とりわけチームビルディング、部下とのコミュニケーション、モチベーションアップ、という課題は世界共通だと認識しています。そんな話題も中心テーマの一つです。

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