1日1日一歩ずつ。それ以外に成長への秘策はなし / One step a day. No other secret to growth

「先のことを考えるのをやめたんだ。…大事なのは結局”今だ”。今この訓練がどうやったら最高のもんになるかだけを考えることにした」

宇宙兄弟のセリフから。宇宙兄弟、中年オヤジに元気を与えてくれるアニメ。曲もストーリーも大好きです。

モスクワ生活でお世話になっていた、恐らく20歳くらい年上でしょうか、ロシア人女性の友人と久しぶりにチャットでやり取りした時のこと。これまでにも時々ユーモアのある動画を共有してもらっています。

私「こんなに恵まれている日本だけど、ここにはここなりに自分たちの問題で喜びを簡単に失ってしまうことがある。元気をもらってありがとう。」

彼女「Ну…(んー)、それはどこでも一緒。ロシアについて言えば、問題は決して少なくないし。大切なことに時間を費やすこと — (自分にとって価値のある)趣味を持つこと — は問題のことをあまり考えすぎないようにするのに役立つわ。私たちは音楽が好きで劇場の演奏会に出かけたりしているのよ。」と。

思い込みかもしれませんが、趣味なんですか?と聞いたときに、パッと答えが返ってくる人が周りにそれほど多くない気もします。今年の年始に久しぶりに学生時代の友人と会話したときのこと。「ところで、週末は何をやってるの?」という彼からの質問。彼曰く、年を重ねるごとにこの質問にすぐにパッと答えられない傾向があるとか。こちらが何を行っているか答えたところ、「そうやって答えられる、それはつまり充実している証拠だ」ということでした。そうですね…確かに彼の言っていることは当たっている気がします。

先のことを考えずに一歩ずつ、その日にすべき仕事を終わらせる。仕事はいくらでも新しく降ってくるので、いくら時間を費やしてもきりがない。計画した今日の分を終えたら(もちろん、突然降ってくる仕事もありますので、計画通りにいかないことが多いことも少なくありません)、あとは自分のやりたいことも毎日継続してゆく。そんなコツコツとした積み重ねでしか将来の自分の成長はない、それ以外に方法が無いんじゃないかな、と実体験を踏まえて深く思います。

かつて、簿記の勉強をしていたときには、早朝、晩、そして週末はとにかく図書館で勉強。問題を解いた紙は自分の努力を見える化するために溜めておく、なんてことをしていましたが何度も落ちました。(努力してもなかなか結果が出ないものは、きっと自分には向いていないものなのかもしれない、というグサッとくる言葉をどこかで見聞きした記憶があります。振り返ってみると、間違っていると言えない要素もあります。でもそれは、もしかすると単に努力の仕方が誤っているからだったりするかもしれません。自分では気が付かないものの、他の人と会話していて、ふとした時に、あれっ?もしかして自分が当たり前に出来ていることって実はすごいことなのかもしれない、なんて気がつくこともきっとあるはず。)今度は勉強の仕方を変えて、勉強の時間を減らし、他に重要なことに時間を割くきつつも、残りの限られた時間の中で集中して努力した結果…ついに合格。不思議なもので、努力を続けるにしても意味のない努力をしていては自己満足で終わってしまう。ITツールを利用したスケジュール管理もどこかしら自己満足になってしまっていないか注意が必要だな、と思ったものです。そして、他のことにも目を向けて時間を確保することの大切さ。

最近見た面白いYoutubeの動画より。

長期記憶への定着方法のうちの一つである、Interleaving(学習の合間に全く別のことを勉強し再び覚えたい情報に戻る方法)。つまり、記憶を高めるには異なるものを行うことが役立つとか。一つのことをずっと行い続けるよりも、例えば、小休止を置いてちょっとだけギターを弾いてみたり。それでギターが上達するのであれば、頭の切り替えに役立ち、かつ友人たちに喜んでもらえる演奏ができる日も近い! — なんて素晴らしいことでしょう。

「ノートにそれだけ(そんなに沢山)メモを取っているけど、読み返さなかったら意味がないでしょ。」と(決して嫌味ではなく)ベテラン女性に言われた新人時代を思い出します。目に見える形でノートをため続けるのも一つですが、そこから何も学んでいないとすれば…きっと、ノートを取っていることの大きな効用の一つは、書きながら自分の心の中で物事を整理するプロセスなんだと思います。きっと手を動かして書いている過程の中に大きな意味があるのだろうと。脳みそ(論理的な思考)と心(感情)のバランスが、この書く行為を通して徐々に落ち着いてゆく — こうして書いているブロブもその一つ。あまり気が付かないものの、きっと何かのプラスがあるのだと思っています。何よりも、何かを書いていることは、時間が経つことを忘れてしまうくらい好きなことですから…。

言葉を正しく選ぶことの大切さ /правильно подбирать слова

このところ、モスクワに住んでいる、とても立派な息子さん二人を育てているロシア人のご主人と定期的に会話する機会があります。画面上に写る3人の様子が大変仲の良いものだったので、その秘訣を訪ねたところ、「いつもそう上手くいくもんじゃないよ。」と笑いながら話してくれました。といっても、人間関係で大切なこと、それは「言葉選びだ」ということでした。言葉は発してしまったら元に戻れない。発言する前に自分の言葉を選ぶ必要がある(”правильно подбирать слова”)、ということ。頭では分かっているけれど、自分自身よりもずっと人生経験を重ねてきた方の言葉にはずっしりとした重みを感じました。

Harvard Business Reviewの記事にこんなものがありました。

https://hbr.org/2021/06/words-and-phrases-to-avoid-in-a-difficult-conversation

Don’t assume your viewpoint is obvious(自分の見方がはっきりしていてクリアである、と思い込んではダメ)

そもそも、世の中には白か黒かはっきりしている状況はそれほど多くないし、どんなに自分では明白である、と思っていても、他の人たちは同じ物事を異なる仕方で見ていることは至って当然のこと。(確かにロシア人のベテラン人事コンサルの方に同じようなことを言われたことがあったなぁ…と当時を振り返って思い出します)

Don’t exaggerate(誇張して話してはダメ)

「あなたはいつも~」「あなたは決して~」(イライラしているとつい口から出てきてしまう言葉かもしれませんね)

Don’t tell others what they should do(”~すべき”と言ってはダメ)

IT会社を経営している女性経営者に言われたことで覚えているのは、「他人に対して絶対に”You should”という言葉を言うべきではない」、というもの。「他人の行動をこちらが決めつけることはだめだ。相手に行動を促す仕方で発言すべし」ということでしたが(そうはいっても、仕事上は上司の立場からそうする必要があることも事実ではあると思われますが)、この記事ともつながるものがあります。言語が異なるとはいえ、人間関係を良好にするために言葉を選ぶことがどれほど大切なことか。アメリカで勤務したことはありませんが、きっとあのような世界でも良い人間関係を他人と築けるひとは、きっと常に自分の発言する言葉選びに注意しているのだと思います。

Don’t blame others for your feelings(自分の気分を他人のせいにしてはダメ)

明らかに意図的な行為でない限り、誰だって「私がこんな気分になっているのはあなたのせいだ!」なんて言われて気分を害しない人はいないはずです。(自分自身を振り返ってみて、ロシア人の人事スタッフとの会話が紛糾してイライラしていた時の失敗があります。話し合いを終えてから、感情を抑えることができてたと思いましたが、「(会議室で仕事を続けたいので)一人にさせてくれ」と言うところ、「部屋から出ていけ」と悪意のある言葉がポロっと出てきてしまったことがありました。)

Don’t challenge someone’s character or integrity(相手のキャラクターやインテグリティを否定してはダメ)

これだけは決してしてはならないこと。かつて苦しんだ経験があります。あの感情はなんと表現してよいのか…同じことを他の人にしてはならない、と誓いました。

(”Integrity”は、簡単に訳すことができない難しい言葉です…)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jabes/26/0/26_article07/_pdf/-char/ja

Don’t say “It’s not personal”(”これは個人的なことではない”というのはダメ)

著者の言葉をそのまま借りると、「”これは個人的なことではないから”、とか、”自分のこととして受け取らないでください”、と誰かが言う時、それを発言する人は、(そのことが)相手にとって非常に個人的なものだと(無意識のうちに)理解して発言しています。」これもまた然り。

こうして、改めて考えてみると、世界中のどこでも真実は一つ。言葉の持つ力は恐ろしく、言葉一つで相手との関係をすぐに壊してしまう恐ろしい側面を持っている、ということ。遠回しに言うことを日本は好む、欧米社会でははっきりと相手に伝えることを好む、という潜在的な認識がどこか心の中にあるかもしれませんが、実際はそうでもないのかも。ロシアにいた7年間、相手の気分を害する可能性がある事柄は、直接言うことを避ける傾向を感じました。これは、ロシアで仕事をするまで持っていた自分の想像とのギャップであり、意外な発見でした。もう少し直接伝えることに気後れすることなく発言する人たちなのかな、と思っていたので…。

程度の差こそあれど、結局人は皆一緒なのかな、と思います。そして、年齢を重ねるごとに周りの人は、こちらの誤まりを指摘することなく、心の中で思うに留める…だからこそいつも人から何でも言ってもらえる人間でいられる謙虚さ、いつも自分で自分を理解し続ける習慣が大切なんだと、毎回の失敗から学んでいます。

言語の面白いところは、学べば学ぶほどに奥が深く、意味も分かると発言に慎重になってきて、結局言いたいことを言えなくなってしまうことがあるってことです。もしかしたら、知識をそこまでインプットしないほうがずばずばと発言できるのかもしれません。とはいえ、最後には言葉は相手の心とのコミュニケーションであり、相手のことを知りたいと思うからこそ言葉を学んでゆく。知れば知るほどに相手の気持ちが分かるようになってきて一層言葉を選ぶようになる。また、日本語で聞いたときには心に響かないものでも、ロシア語で短くもストレートに心に刺さるものがあることも。言葉の奥深さであると同時に、外国語学習の醍醐味の一つかもしれません。

Жизнь как по нотам / 美しいメロディを奏でる素敵な人生を(我流解釈)

昔の日記ノートを整理していると出てきた、当時切り抜いて保存していた新聞記事より。中身は読んでいなかったけれど、きっと、当時はそのタイトルと文章に散りばめられた音符との洒落た文章構成に魅了されてノートに保存していたんだろうと思います。

ロシア中部に位置する都市ウファにある、子供のための芸術学校の校長先生が寄稿した記事。2018年が成功裏に終わった実り豊かな年であったことを語っている記事で、その内容に特筆すべきものはないのですが、ドレミファソラシド(До, Ре, Ми, Фа, Соль, Ля, Си, До)が太字で記事の中に散りばめられています。何だか素敵な発想ですよね。そう思って、インターネットで検索してみると同じような発想で書かれた詩、動画などがヒットしましたので決して珍しくないようです。

Все успехи и достижения складываются из кропотливого, ежедневного труда учавщихся и их наставников. Случаются и победы, и маленькие неудачи. И это естественно – весь творчество, подобно черным и белым клавишам рояля, являет собой гармоничый аккорд.

すべての成功と成果は、生徒一人一人と先生たちが一生懸命に日々積み重ねてきた努力の賜物。うまくいったこともあれば、ちょっとした失敗もあります。 これは当然のこと。それらすべての”創作物”は、ピアノの黒鍵と白鍵のように調和のとれた和音となっています。

とか、

Пусть новый 2019 год подарит нам не меньше событий и эмоций, которые выстроятся в прекрасном звучании любимых ДО, РЕ, МИ, ФА, СОЛЬ, ЛЯ, СИ

新しい年、2019年が私たちのために、愛しくて美しい響きを奏でるドレミファソラシ…の音となって一層の出来事と熱い気持ちを与えてくれますように。

など。音楽と掛け合わせた文章表現が素敵だな、と思います。

ロシア語の辞書を見ると、”как по нотам”の意味は、Как по нотам (разг.) — без неожиданных затруднений; как было подготовлено. Всё прошло, как по нотам.(kartaslov.ruより)とあり、「予想外の困難もなく、すべてが前もって準備されていたかのよう」な意味となっていて、必ずしも音符の意味を持つнотаの意味とは関係がなさそうです。

とっても短いこの表現ですが、その意味するところは深いなぁ、と思いながら色々と調べていました。率直に言って、いまだに100%の理解に至っていないのですが、この記事について言えば、上記の意味と共に、ドレミファソラシドの美しい音から成る音楽とをかけ合わせて「子供たちが芸術学校で学んだことは、これからの人生においても大きな役割を果たし、素晴らしい人生を送ることに役立つに違いありません。」と言っているのかな、と理解しました。(面白い方法だな、と思った学習方法をYoutuberの方が言っていたのを思い出しますが、全く分からない言語が出てきたら、それをGoogleの検索ボックスに貼付し、検索結果を画像で表示させるそうです。そうすると、頭の中にイメージで入ってくるので、そのイメージを意識して脳に納得させることが有効だ、とのこと。)

(参考記事)

Детская школа искусств – не кружок
по интересам, а «увертюра» к взрослой жизни

ところで、Youtubeでこんな面白い動画を見つけました。音楽を演奏することがどれだけ脳にとって有益か、ということ。音楽を演奏している時、脳の中では花火が飛び交っているようです。外国語の勉強もボケ防止に役立つ、なんてことも聞いたことがあります。音楽、言語…、言葉も音楽の一種と思いますので、きっと両者の結びつきは深いものと信じています。ふと目を上げると、壁際では長いこと埃を被っているしまったギターが部屋の飾りと化しています。今年こそは、と憧れのジャズギターを練習しようと決意して、時は既に3月…。

以下の動画は、ユーモア溢れるロシアの先生による”Жизнь как по нотам”

お金を”正しく”使うことの大切さ / I am learning how important to use money “wisely”

お金を節約して貯金をする。不要なものは購入しない。そういった、生活コストを切り詰める姿勢は限られた収入の中でやってゆくためにも,将来の必要に備えるためにも重要な姿勢だと思います。

ロシアで生活している頃から交友が続いている一人のロシア人の友人は、どうも全く違う人間のようです…。他のロシア人の友人に聞いても,彼はどうもロシア人の中でも普通ではないように思えます。持ち家を売却し,そのお金を利用してキャンピングカーを購入。自分はこれに住んでどこでも行くんだ,と言っていたものの,どうやら冬は寒すぎて車で寝泊まりは断念。結局友人の家に泊めてもらっていたとか。また,彼とずっといると同居している人は時々耐えられなくなるのか,喧嘩をして2,3度家を追い出されたことがある,と語っていました。今ではロシアの田舎町の山小屋に住んで自給自足に近い生活を送っています。初めて出会ったばかりの人に、「今度遊びにおいでよ。」と言われると、― それは社交辞令に近いこともあると思いますが ― その言葉をそのまま信じるタイプです。この前はウズベキスタンへ、今度はベラルーシが自分を呼んでいる、とか。まったく次は何を考えるんだ…と誰しもが思うのですが、それでもそんな彼をみんなが愛しています。ウクライナ侵攻が始まりロシアへの送金が閉ざされるまでは送金を行っていましたが、今では細々と年金でなんとかやりとりしていることと思います。

最近送ってきてくれた画像には,懐かしの仲間たちがそこに写っていて、カフェで皆で過ごしている様子でした。その友人を見ていて感じるのは、お金の本当に大切な使い方のことです。心を許せる友達がいて、その交流を楽しむためにお金を使うことの大切さ。私の友人たちは,モスクワに住んでいる頃には彼らの自宅にもお邪魔して交流を楽しんでいましたが,その生活ぶりを知る限り決して裕福な生活を送っているわけではありませんでした。その日をただただ懸命に生きている。そんな彼らが、お金の力を利用し、日頃楽しめない場所で楽しくおしゃべりする時間を過ごす、そういった時間を生み出すために使われるお金は非常に価値がある、という事実。

ウクライナにいる友人の話を聞くと、戦争の影響で仕事を失ってしまい今月の家賃を支払うお金が無い、という状況に陥っている人もいます。そんな中でもお金を出し合ってお互いが助け合って生活をしています。他人のために使うお金には,自分が欲しいものを購入するために費やすこと以上の価値があると思います。友人から感謝され,友人たちが貴重な交流の時間を持つことができる(そのお金で経済も回る)。お金の使い方によってはお金では測れない人の心まで十分に潤すことができる。そんな目的のために活用されるお金の大切さ。正直なところ、お金を払いさえすれば手に入るもの、そこにある幸福感は持続しないですから…。

彼から、「手元に残っていたお金を賢く使うことにしたよ」というメッセージと共に届いたカフェの様子の動画を見て、このブログの記事を書くことにしました。彼の言葉を見て、なんかこの生活の仕方、無茶苦茶だけど、なんと逞しいのだろう…と思います。一体、明日からの生活をどうやってゆくのか。それでもいつもニコニコしてサバイバルしている彼を見て、お金の価値を考えさせられました。

同じ情報を人は自分の見たいように見て、聞きたいように聞くという事実 / The fact that people see the same information the way they want to see it and hear it the way they want to hear it

テレビを見ていないので、ニュース動画は専らYoutubeで流れてくるものを見ることが多いですが、ニュースで目につくのは西側のメディア。日本の専門家が解説している動画もそのほとんどが欧米と同じ論調。ロシアに否定的な見方が主流です。

一方で、ロシア国営のTass通信, РИА НОВОСТИ, RTを見ると目にするのはロシア側を擁護する内容。

「ヨーロッパの軍隊はロシアに侵攻する準備をしている」

「ウクライナ軍はドネツクの平和に暮らす一般市民を攻撃した」

「世界は西側諸国の罪と過ちのために長いこと代償を払わなければならない」

パッと見るだけでもそんなタイトルが目に飛び込んできます。

以前に見たビデオでは、ロシア国内でもボランティアたちが兵士のために暖かい衣服をミシンで縫っている様子が映し出されていました。彼女たちの内心は分かりませんが、駆り出される兵士のために出来ることを行い、闘いに勝利するために国のために皆が貢献しましょう、という国民の意識を高揚する目的もあるのでしょうか。

一方で、西側メディアでは兵士たちが約束された手当がいまだに履行されていないことや、お粗末な訓練について不平不満をぶちまけている様子を映し出しているものがあったのを覚えています。きっとその一つ一つの情報は正確なのだと思います。しかし、それらが映し出しているのは全体の中でのわずかな一部。でもそれが全てだと思いたい。そんな風に自分たちの意識の中で勝手に想像がふくらみ、それが思考の中で徐々に、あたかも事実であろうと確定してゆくのだろうかと。

人は自分の見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞く。何が正しい情報で何が間違いであるか、その理解をするのがますます困難な時代になっている気がします。以前にモスクワで働いている時、一スタッフが言っていたことを思い出します。「きっと、昔から今見聞きするような凶悪犯罪は存在していたはず。いまはIT技術が進んだことで、以前には見聞きしなかったことを簡単に入手できるようになった。そのために世の中が悪くなったように感じるんだ。」といったことを言っていました。素直にその通りに賛成はしませんが、言えることは、Youtubeでもロシアの兵士がウクライナ側の攻撃で倒れていく様子が毎日のように配信されているという事実。いまこの同じ時間に別の場所では戦争が起きていて、兵士が倒れていく様を撮影し、それがすぐに世界に広まっている…そんな時代に生きているということは確かだと認めざるをえません。

情報を取ることは大切ですが、常にその内容を吟味すること、自分の感情の向くままに内容を解釈をしてしまわないことの重要性を認識させられる日々です。

(参考情報)

Донбасс. Геноцид. 2014-2022

「ドンバス。ジェノサイド。2014~2022。」きっとこのサイトをずっと眺めていて、読み込んでゆくと、知らずのうちに自分の思考がロシア政府の意図するようにコントロールされてしまうのかもしれません。(不快な画像も含まれていましたので、閲覧にはご注意ください)

“Украина за 30 лет столько не сделала”.

РИА НОВОСТИの中で一点興味深いものがありました。この記事が発行された日付を見つけることができなかったのですが、「半年の間にマリウポリでは新しい集合住宅が22棟建築された」ようです。この記事のタイトルにもあるように、アナトリーという住民は「ウクライナ政府はこの30年間、何もしてこなかった」と強く訴えている様子です。今では、学校はロシアのシステム“Дневник.ру”と連携されていて、親は子供の成績、授業のテーマもオンラインで把握することができるとか。記事の写真を見ると綺麗なアパートが建設されている様子が分かります。もしウクライナが再びマリウポリを奪還するのであれば、再びこの場所で砲弾が飛び交い、アパートは破壊されるのでしょうか…

記事の最後では、

Все мариупольцы, добавляет она, хотят поскорее забыть пережитый ужас. И надеются, что их город не просто быстро восстановят, а сделают еще лучше.

РИА НОВОСТИの記事より

「マリウポリの全ての住民は、経験した恐怖をすぐにでも忘れたい…そして、自分たちの街がすぐに元通りになるだけでなく、さらに良くなることを望んでいます。」— という住民の言葉で結ばれていました。

この同じ事実を、もしウクライナを支持するマリウポリの住民が語るとどのようになるのでしょうか…。

2022年を振り返って…ITパスポート試験と基本情報技術者試験と。/ Looking back on 2022… passed IT passport exam and fundamental IT engineer exam

2022年は二つのIT系の資格取得に向けてチャレンジしました。結果として、2022年の目標として掲げた両方の資格取得が叶ったことは素直に嬉しかったです。今の時期、学生たちが受験に向けて夜遅くまで勉強している姿を見ると、受験のように「これで失敗したら後が無い…」という緊迫した場面が少ない今の自分の生活に刺激をもらっています。そして、資格試験で味わう、受験に似たような感情、心のドキドキ感を経験するためにも、定期的に必要な資格があるのであれば受験を考えてもよいかもしれない、とも思ったり。

ITパスポート試験

正直な感想を述べると、この資格を持っていることで高く評価されることはないのだろう…そんな印象を持った試験です。合格率がおよそ50%と、ある程度勉強すれば取得が可能である難易度です。社会人になってそれなりの経験を積んでゆくと、特に会計領域で勤務してきた人からすると見慣れた会計知識を問われていますし、得点を取りやすい分野も備わっていると思います。そうはいっても、この資格試験の勉強を通して感じた大きなメリットは、ITの基本的な情報が網羅されていることです。仕事をしている中で出会うIT全般の言葉やITの仕組み(あまりにも幅広くとらえられる言葉ですが)を知っておくことは大変有益だと感じています。そして、その情報を学習するにあたっては、せっかくなら資格取得と合わせて勉強してもよいのではないかと思えば、この試験はぜひお勧めしたいです。

基本情報技術者試験

私は主に会計中心の仕事をを行ってきたため、IT系は全くの専門外からのスタートです。それでも、今では仕事でシステムに携わる業務が増えていることもあり、飛び交う単語やIT全般についてもっと深く知ることができればと思って取り組んだのがきっかけでした。こんな記事↓もあります。

「基本情報なんていらない」が口癖のベテラン技術者、若手は真に受けるべきか

プログラマとして働く友人曰く、基本情報技術者の資格を持っていたとしても、それによって特にプログラマとして高く評価されることはないだろうな、でもITに関する最低限の知識を持っている、という証明にはなる、ということでした。

ITパスポート試験よりはぐっと難易度があがるので、それなりの対策が必要で、それについてはたくさんの方々が役立つ情報をすでに記載していらっしゃいます。自分自身もそのアドバイスに従って勉強していました。

いつまでも取得を目指して勉強し続ける資格ではないのかもしれませんが、これもまたIT全般の知識を理解する上では重要な内容を網羅している資格試験と思われます。また、私のようにITとは関係のない分野の人間が努力した証とするのに役立つのではないか、とも。

アルゴリズムの問題は苦手です。それでも避けては通れない…。ひたすら過去問を解いていました。力がついたとはとても言えませんが、今回はアルゴリズム問題を確実に解くことができたおかげで合格したようなもの。試験は最後まで諦めてはならない、ということを実感しました。私が受験した試験のアルゴリズムの問題はとても良問だったと思っています。試験中に解いていて、おぉこれは面白い、と思わず言いたくなるような、考えられた設問。今こうして利用しているパソコンのソフトや、かわいらしいキャラクターが動くその裏では膨大な数のプログラマによって書かれたコードがあり、その恩恵を私たちが受けていると思うと、今の世の中で接するものへの見方が変わってくるかもしれません!?アルゴリズム問題への対策として「日頃の日常生活で繰り返される作業をアルゴリズムで考える習慣をもってみるとよいかもしれない」とのこと。なるほど、興味深いアイディアです。

私はといえば、午前試験免除制度を利用しました。利用した会社は独習ゼミ。

独習ゼミ|情報処理試験、基本情報午前免除などIT専門のeラーニング

この会社を選んだことに強い理由はないのですが、後から振り返って良かった点を一つ挙げるならば、素晴らしい本(コンピュータやプログラミングのことを学ぶのであれば、本棚に置いておくことをぜひお勧めしたい「プログラムはなぜ動くのか」「コンピュータはなぜ動くのか」の著者である)矢沢久雄氏のオンライン直前対策講座に参加できたことです。大勢の参加者もいらっしゃったので自分で独占できるはずもありませんが、講義中にチャットで質問ができましたし、やはり直接抗議を聞くことができるのは大きな益がありました。それを除けば、送られてきた教材をひたすら自分で計画的に勉強し、問題を解き解説を読む。まさに独学のプロセスを踏んでの試験勉強でした。無事に午前試験免除試験を受験する資格を得たうえで免除試験に臨み無事合格。あとは集中して午後試験に向けて取り組むことができました。初めて挑戦した一回目の春の試験には見事に落ちてしまいましたので、今回の秋が再チャレンジでした。

私のように、ITとは全く関係ない門外漢の中年男性が今からITを強みにしてゆくには遅すぎますし、限界もあるのだと思いますが、ますますITが大きな役割を担ってゆくであろうこれからの世の中。会社の中でもその楽しさ、重要性を周りの人に伝えられるような役割を担えたらよいなぁ、と期待しながら、少しずつではありますが、プログラミングやコンピュータ周りのことなどを学んでいるところです。

ウクライナ語とロシア語 / Українська мова and Русский язык

ここ最近、外国語学習アプリのDuolingoを利用してウクライナ語をちょっぴりかじっています。住んでいる街のウェブサイトを見ると、ここにもウクライナから避難してきている人たちがいるのだとか。何かできることはないかと、秋くらいだったか、ロシア語通訳のボランティアとして登録をしました。昨年末には、一度お電話をいただき、お役所の事務手続き関係の通訳が可能かどうか?とのことでした。その後、具体的なボランティアの話は現在までにありませんが、自分のロシア語のレベルがどれくらいなのか?この点を客観的に明確に説明できる何かがあったら良いなあ、と感じました。「通訳ができるかできないかは、まずは呼んでいただき、こりゃあ使い物にならないと思ったらそこで首にしていただくなんてどうですか?」なんてちょっぴり冗談ありの柔らかい雰囲気でご担当の方と会話した後、結局お話をいただけていないので、すでにあの電話の時には首になってしまったのかもしれませんが。

とある報道を見た記憶では、ロシアがウクライナに侵攻してからはロシア語を話したがらないウクライナ人が増えているのだとか。その気持ちも分からないでもないです。実際、2022年9月からは、キエフではロシア語を学校で教えるのをストップしたということです(以下のYoutube動画より)。もしかして将来にウクライナの人と話す時に、少しでもウクライナ語が分かったらいいな、という気持ちから最低限でもDuolingoを開いているところです。

9月からキエフの学校ではロシア語を勉強しなくなることについて、「それは良いと思う。」と答える女性が大変流暢なロシア語で会話を続けていることを見ると、ロシア語とウクライナ語を簡単に切り離せるものではないことを感じさせられます。

先週、ウクライナ西部に住む友人とオンラインで会話した際、実際に現地ではどうなのかを尋ねてみました。ウクライナの人たちはロシア語を話すことに否定的になっているのか?そんな人たちが増えているのか?と。これは一人の個人的な意見なので、これが大多数の見解であると決めつけることはできません。彼が言うには、— 確かにロシア語を話すことに否定的な人もいるのは確か。そうはいっても、今は東部から西部に人が流れてきている。彼らの多くはロシア語を話す人たち。西部の人もロシア語が分かる。会話をするとなるとロシア語にならざるをえない、別にそれがどうした?必要があるからロシア語を話す、それだけだ。— ということでした。

今思い返せば、約何十年か前。ロシアでのおよそ8か月の語学留学を終えてからバックパッカーの旅を始めたばかりの事。多少はロシア語が上達したと思って訪れたウクライナ西部の中心都市リヴィウでのことでした。路面電車に乗り、車内で切符を購入しようとしたもののそのタイミングを逃した途端に(販売していた女性が反対方向に行ってしまったので、戻ってきて目が合った時に声をかければよいかと思ったのですが)、私のすぐ隣に立っていた男性に強い調子で何かを言われ、次の停車駅だったかで路面電車が停車したところで強制的に降ろされたことを思い出します。ロシア語で話しても相手はウクライナ語でまくしたて来て何を言っているのかさっぱり分からない…それでも罰金10ドルほど支払う必要があることだけは分かり、支払って解放されたことがありました。果たしてあのお金はあるべき場所に収められたのか、単に彼の懐に入っただけなのかは…私には分かりません。あの時、ウクライナの西部ではこれほどまでにウクライナ語が浸透しているのか…という印象を持ったことを今でも覚えています。というのも、キエフでは普通にロシア語が聞こえてきたものですから…。

ウクライナ語を学ぶといっても、「あなたは誰?」「私は学生です。」といった初歩的な表現です。「誰?」はウクライナ語では”Хто”(フトー), ロシア語では”Кто”(クトー)。「話す」は、どちらの言語も”говорю”。読みはというと、ウクライナ語では”ホヴォリュー”、ロシア語では”ガヴァリュー”。面白い、似ている。でも頭が混乱してくる…。今自分はロシア語を話しているんだ、いやウクライナ語だ、などどうやって頭の中で彼らは区別できているのでしょうか…?

そう言えば、以前にモスクワで交友があったウクライナ出身の男性は、会話していて「ヤー ハバリュー」といつも発音していました。ガヴァリューじゃないんだ?いや単なる聞き間違えかな?なんて当時は思ったこともありましたが、今思えば、きっと母国語であるウクライナ語の発音と混ざってしまい、ガとハの違いが自然と会話にも出ていたのだろうな、と。きっとそうに違いないです。

他にも、ロシア語とウクライナ語を比較してみると、「家」は、ロシア語では”дом”(ドーム)、ウクライナ語では “будинок”(ブディーノク。ロシア語の”будильник”(ブヂーリニク、目覚まし時計の意味)にそっくり?)。

「牛乳」は両者共に同じスペルで、”молоко”。でも読みはというと、ロシア語は”マラコー”。ウクライナ語では”モロコ”(何だか、2022年のサッカーワールドカップで大躍進した国、「モロッコ」の響きに似ているような響き)。

ロシアで、相づちのような場面でよく使われる”Так”(ターク)。ウクライナ語ではYesの意味だとか。実質同じような意味ですね。

言葉って面白い。

「タイプレーサー」 – 英語学習におすすめです / “TypeRacer” – recommended for learning English

英語のタイピングのスピードは、その人の英語のレベルを表す一つの指標である気がしています。あながち嘘ではないかもしれません。頭の中で言えるフレーズがその通りに指に伝わり指が動く。つまり、それだけ頭の中でその単語やフレーズの塊を言えるか言えないかを表しているのではないかと。スピードが速い=頭の中でその単語を言えている、フレーズの塊が自然と出てくる。そして単語のスペルの理解も正しいことの証拠。言い方を変えると、頭からの指令が伝わらない=指が動かない=それだけ英語の理解ができていない。その単語のアルファベットがL一つだったかLLだったか、rなのかlなのか分かっていなかったり。一つのお決まりの英語のフレーズの塊が頭の中で言えていなかったり…なお、これは自分自身の課題を述べていることでもあります。

キーボードをこれまで色々と試す中、偶然に見つけたITガジェットを紹介するYou tube動画(以下リンク)では、どのキーボードがタイピングスピードを上げるのに適しているかを説明するものがありました。その中で利用されていたウェブサイトが「TypeRacer」。ゲーム感覚でタイピングの練習ができて面白いなぁ、と思います。私がこれまで利用していて頻繁に見るのは、歌の歌詞だったり映画の一フレーズだったり。時に覚えていて損はない名台詞もあるので、タイピングしながら声に出してみると暗記するのに役立つかもしれません。ユーザーが外から引用句を持ってきて追加することも可能なようです。

タイピングのスピードを練習モードで一人で黙々とこなすこともできますし、他の人とのレース形式で競うことも可能で、気を付けないと中毒性が強いものだな、と。自分で決めた時間や達成したいスピードまで到達したらその日は終了するなどしなければ、結果的には他のオンラインゲームに多くの時間を割くこととあまり変わりがないかもしれません。ちょっとだけだから、と思っていたらあっという間に15分くらい経過していることも少なからず。

なぜこのTypeRacerがお勧めなのか?(単に私が他の同様のタイピング練習用のサイトを知らないだけで、きっと他にも良いサイトがあるのかもしれません)一番初めに述べた点と関係していますが、このタイピングのスピードが上がるにつれて、自然と自分の中で英単語やフレーズが蓄積されてゆく。それはつまり、英語の語彙力が増えていっていることの証拠になるからです。黙々とタイピングだけを練習する、というよりも、タイピングしながら実際に発声しながら行ってゆくとより効果的なのかな、なんて思ったりします。なお、タイピングの練習だけをしていても英語力がアップする保証はなく、あくまで英語学習の中の一環として含めるのが良いのだと思います。

また、タイピングのスピードを意識しだすと、どのキーボードがふさわしいのかが分かってくる気がします。また、これまではあまり意識することが無かった日本語キーボード、英語キーボードの違いについてもその重要性を意識するようになりました。キーボードについては、たくさんの方がYoutubeなどで紹介していますし、自作キーボードの世界もあるようで奥が深い…。私自身、幾つも試してきましたが、現時点では以下のキーボードに落ち着いています。すべての種類を試すことは難しいとしても、自分が一番気に入って利用している今のものが常にベストとは限らない、という気持ちを持ち、来年も探索してゆきたいものです。(なお、メカニカルキーボードは選択肢が幾つもあり、全く知識が無いままに購入をした私の経験からすると、まずはお店や友人の持つキーボードに触れ、実際に体験してみたうえで購入することをお勧めします。)

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ロシアの会計の世界にもウクライナ戦争の影響が…? / The impact of Ukraine war on the world of Russian accounting…?

ロシアで主にビジネスパーソンを対象としているニュースメディア、コメルサント(ロシア語: Коммерсантъ, 英語: Kommersant)の中で、シルアノフ財務大臣のインタビュー記事が掲載されていました。(以下の翻訳は、原則Google翻訳を利用したものですーGoogle翻訳の素晴らしさ!なお、一部の誤った翻訳を修正していますが、私の訳に誤訳が含まれていることに起因する問題については責任を負いかねますのでご了承ください)。

この記事によれば(2022年10月24日発行)、

「アントン・シルアノフ財務大臣は、国際財務報告基準 (IFRS) のシステムがビジネスを行う上で依然として必要であると考えています。彼によると、ロシア企業自身が IFRS を放棄しないよう求めており、財務省はこの立場を支持しています。

RBC(とのインタビューで、シルアノフ氏は、「国際社会によって認められている一般原則、規則」があると述べました。特に、企業の活動は通常、国際的な報告基準に従って比較されます。 「企業の株式・債権の発行、購入、売却の際には評価が必要であり、これは通常、国際的な報告基準に従って行われます。企業自身がこの機会を閉じないように求めています」と彼は言いました。

大臣が説明するように、IFRSを放棄するという考えは、「西側との関係悪化を背景に」生じました。 「IFRSは決して私たちの主権を侵害するものではありません。私たちはこれまでと同様にグローバルシステムの基準と座標にいます。したがって、この場合、「害を与えない※1」という原則が最も正しいのです」と、アントン・シルアノフ氏は考えています。

金融市場国民評議会(NSFR)のアンドレイ・イェメリン議長は、IFRSに基づく財務諸表の作成を銀行自身の裁量に任せることは理にかなっていると述べた。 8 月末、NSFR と全国証券業協会は中央銀行に提案を送りました。」

※1 “生命医学倫理の4原則”の1つを指すものと理解しました。

参照記事リンク:https://www.kommersant.ru/doc/5632360

原文はこちら。

Минфин не планирует отказываться от МСФО

Глава Минфина Антон Силуанов считает, что система международных стандартов финансовой отчетности (МСФО) по-прежнему нужна для ведения бизнеса. По его словам, российские компании сами просят не отказываться от МСФО, и Минфин эту позицию поддерживает.

В интервью РБК (こちらも主にビジネスパーソンを対象とするニュースメディアの一つ)господин Силуанов заявил, что существуют «общие принципы, правила, которые признаны мировым сообществом». В частности, деятельность компаний обычно сравнивается по критериям международной отчетности. «При размещениях, покупках, продажах компаний нужна оценка, которая делается, как правило, по международным стандартам отчетности. Сами компании просят не закрывать такую возможность»,— рассказал он.

Как поясняет министр, идея отказа от МСФО возникла «на фоне противоречия с Западом». «МСФО нисколько не ущемляет наш суверенитет. Мы по-прежнему находимся в общемировой системе стандартов и координат. Поэтому принцип “Не навреди” в этом случае самый правильный»,— считает Антон Силуанов.

Глава Национального совета финансового рынка (НСФР) Андрей Емелин говорил, что подготовку отчетности по МСФО имеет смысл оставить на усмотрение самих банков. В конце августа НСФР и Национальная ассоциация участников фондового рынка направили свои предложения Центробанку.

【記事の中に出てくる団体】

Национальный совет финансового рынка 金融市場国民評議会(と訳しました)

https://rosfinsovet.ru/

Национальная Ассоциация Участников Фондового Рынка 全国証券業協会(と訳しました)

https://naufor.ru/

(参考)ロシア中央銀行:Financial Market Development Strategy

https://www.cbr.ru/about_br/publ/onfinmarket/

【РБКからのシルアノフ財務大臣のインタビュー記事より】

— Минфин опрашивал российские компании, нужна ли им отчетность по МСФО в текущих условиях. Какая реакция получена от рынка и как вы сами считаете, нужна ли такая отчетность сейчас?

— Есть общие принципы, правила, которые признаны мировым сообществом. У нас же не только недружественные страны есть, но и страны-партнеры. Деятельность компаний сравнивается по критериям международной отчетности. При размещениях, покупках, продажах компаний нужна оценка, которая делается, как правило, по международным стандартам отчетности. Сами компании просят не закрывать такую возможность. МСФО — это система учета, которая необходима для ведения бизнеса как внутри страны, так и за рубежом.

— Откуда вообще изначально возникла идея отказа от МСФО?

— Скорее, на фоне противоречия с Западом: все, что не российское, подлежит отмене. Это имеет смысл, если себе не вредить. Например, сегодня используем рейтинги только российских рейтинговых агентств, отказались от использования западных оценщиков. МСФО нисколько не ущемляет наш суверенитет. Мы по-прежнему находимся в общемировой системе стандартов и координат. Поэтому принцип «не навреди» в этом случае самый правильный.

参照記事リンク:https://www.rbc.ru/economics/24/10/2022/63529d159a7947efb82a59eb#chapter_7

より詳細情報が載っている記事はこちら。

Силуанов высказался против отмены МСФО в России

この記事に掲載されていますが、「ロシアでは1998年にIFRSへの移行を開始され、2012年以降にはすべての「公的に重要な」企業による連結財務諸表の作成にIFRS適用を義務付ける法的要件が導入されている」ということです。「今年の8月に財務省はIFRSを適用する必要性についてロシア企業に調査を調査を実施しました。関連する政策の見直しを求める声が高まっていることもあり、同省は市場の意見に関心を持っていた」とあります。大臣は、IFRSからの逸脱は、結果としてロシア企業への不利益となる、という立場のもとでこのインタビューに答えています。

その他、コメルサントの記事の続きでは、

「National Payment Council(日本語にどのように訳してよいのか分からず、英語でこうであろうという字を充てています。この組織は非営利組織で、ロシアの決済システムの関係者の活動を束ね、国の決済システムの安定性と継続的な発展を保証することを目的としているようです。)の理事長であるAlma Obayeva氏によれば、

”今、ESGのために時間を費やす意味があるものではありません。また、ロシアの銀行が現時点でバーゼル規制に従うのは無意味だと思います。アメリカの銀行にとっては称賛され、ヨーロッパの銀行にとっては非常に難しく、私たちには全くもってそぐわない基準を適用するのはなぜでしょうか?”」といったコメントもありました。IFRSだけではなく、ESGやバーゼル規制に対する批判的な見方が有識者の中にあることが伺えました。

今の戦争の展開が今後どうなるかは誰にも分かりませんが、再び自由に国境を越えたビジネスが円滑に行われ、同じ基準のもとで企業が活動する…そんな風に世界が再び一つになる時代が来ると信じています。

2022年上期に購入した商品のザ・ベスト:生ごみ処理機 / The Best Product Purchased in the First Half of 2022: Garbage Disposer

2022年度上期に購入した製品の中で一番ヒットしたのは生ごみ処理機です。単にモノを購入して生活が便利になったから、という理由だけではなく、購入を通してゴミに対する国、自治体の取り組み方へ関心・意識が向くようになったことも理由に挙げられます。

今年も春になって暖かくなり、生ごみの取り扱いに悩みだした頃、ふとしたことから生ごみの取り扱いを解決してくれる電気製品があることを知りました。季節はちょうど3月の終わり。ネットで調べてみると自治体による助成金もあるとか。住んでいる街の制度を調べてみると、確かに制度が存在します。市の情報によれば、当年度の助成金の予算は上限に達したために終了済み。次回からの助成金制度の再開は翌会計年度が始まる4月からとのこと。なんとタイミングの良いこと。助成金もあり、悩みの尽きない生ごみの処理が解決できるということから早速4月に入ってから購入に向けて動き出しました。

助成金の申請については、市のサイトを調べつつも役所を直接訪問して関係窓口にて職員の説明を受けて準備OK。商品を購入し、あとは窓口で受け取った書類を説明いただいた通りに作成。その後、再び窓口を訪問し無事に書類を提出。窓口の方の親切な対応にも助けられ、初めてのこととはいえ想像よりも順調に手続きが完了しました。

私が購入した商品は以下の製品です。

商品の性能の詳細は、検索をしてみると多くのブログなどで皆さんが説明されているためここでの記載は割愛しています。音がうるさくない、と言うと嘘で、いざ動き出すと機械がうなっています。ずっと近くにいるとさすがに騒音です。会話ができないという大げさな音ではありませんが。機器を設定している場所から寝室が離れていて、就寝時には一切音があってはならない、という厳格な方を除けば全く気にならないと思います。いったん眠り込んでしまえば多少の音も気にはなりません。私は匂いは気になりません。確かに匂いはありますが、決して悪臭ではないため気にせずに機器を利用できています。ごみの量が明らかに減ること、虫の心配も不要でいつでも生ごみが出てしまう料理もできること。また、小さな努力ではあってもきっと環境にも貢献しているはず、そう思えることはポジティブな側面があります。もっぱら夜間に稼働させることが多いです。

自治体の中でも助成金の金額にはバラつきがあります。また、助成金制度そのものを導入していないところ、あるいはかつては導入していたけれども今では廃止した自治体もあるようです。インターネットで検索してパッと出てきたいくつかの自治体の説明書きを読むだけでも、各自治体の考え方を把握することができて興味深いものがありました。

”生ごみの減量には、まず、ごみの発生を抑制することが何よりも重要です。”

大阪市

これを機会に、日本の市町村の生ごみ処理機の補助金制度はどうなっているのだろう?ざっくりと調べてみました。全ての情報を調べたわけではないので正確ではないことを前提に。例えば座間市。たまたま、座間市のごみ収集に関するデジタルを活用した仕組みの記事を読みました。と同時に助成金制度も調べてみると、座間市はすごい。購入金額の4分の3(100円未満切り捨て、上限5万円)とのこと。上限は5万円までと潤沢なサポートがあれば、自己負担はわずか25%しかありません。これでいて生ごみの処理のことで悩みが減るとなれば、座間市民にとって購入しない手はないのではないでしょうか…素晴らしい。

座間市のごみ収集はNHKでも以下のリンク先の記事でも取り上げられており、ゴミ処理に対する姿勢が先進的な街だと思いました。少なくとも私は座間市に居を構えたことがありませんので実体験はありませんが、ゴミの取り扱いに対する真剣さが伝わってくる。そんな内容でした。

神奈川 座間で進むごみ収集のデジタル化 効果は防災対策にまで

座間市:電動式生ごみ処理機・生ごみ堆肥化容器への購入費補助制度

大阪市のサイトにあるように、今からすぐにできる根本的な対策は、一人ひとりが生ごみの発生そのものを減らすことを意識すること。これなんだ、と納得しました。一人ひとりがもう少し、わずかであっても高い意識を持つならば、とてつもない大きな効果を生むわけで、そして、意外にもこの方法はそれほど難しくはないのでは、とも思います。といっても、ゴミ回収日に出されるご近所のごみの量を見ると、どうしてこの数日の間にこれだけのごみが出るのだろうかと思ってしまうものです。生ごみをどう処分するか、というよりも、冷蔵庫の中身をしっかりと把握し、無駄のないように調理すること。不要なものは購入しないこと。いくらでもゴミを出してもすべて回収してくれるのだから大丈夫、という意識を変えること。簡単なようで難しいのかもしれません。スーパーにいっても何でも梱包され、ちょっとした量の食料であってもトレイに丁寧に包まれ、お菓子の袋といえば、袋を開けたらまた小袋が幾つも入っている有様…。ロシアのように、1kgで幾ら、と重さ単位で販売。購入者が自分で欲しい数だけ袋に入れ、秤に乗せて、野菜の種類を選択する。と、あとは自動的にバーコードが付いたラベルが発行されて、それを袋に貼付する。ずっと合理的では?と思うこともあります。例えば、ご近所のスーパーで見ると、大きさが若干異なる玉ねぎを1個38円、といった個数単位の不公平なルールで販売されています。重さ単位のほうが公平ではないかと思うのですが、きっとそこには何かの問題があるのでしょうか。

消費者、お店それぞれが意識するだけでも随分と改善できるのに、とも思います。昨今、節電に取り組んでいるお店を見かけるようになりましたが、何も電力供給量の逼迫が言われる今だから、ではなく、「私たちは環境のために節電を心掛けているお店です。地球にやさしいお店を目指し、そして浮いた経費はお客様に還元してゆきたいと努力しています!」なんてフレーズと共に、いつでも節電を行い、堂々と電球を外してしまってもよいのでは?ー 言うは易し。

ちょこっとだけでもインターネットで情報を検索するだけで多くの知識を入手でき、自分自身が正解と思っていたことが必ずしもそうではないのかもしれない、と思えること。生ごみ処理機の購入は、そんな発見をもらえるきっかけにもなりました。高い買い物ではありますが、行政の仕組みやほかの市町村の考えなどを知ったり、環境について考える機会となること。このブログを書くにあたって訪問した環境省のウェブサイトでも、貴重な情報が提供されていたり。払ったお金以上の対価を得ることができた ー 上期に購入したあらゆる製品の中で一番ヒットしたもの ー それが生ごみ処理機でした。

【参考資料】

大阪市:”生ごみの減量には、まず、ごみの発生を抑制することが何よりも重要です。”

https://www.city.osaka.lg.jp/kankyo/page/0000472447.html

北海道芽室町:”現時点において制度化の考えはありませんが、メリットやデメリットなどを含め、今後、機会を通じて町民の皆さんの御意見を聴いてまいります。”

https://www.memuro.net/administration/kouhou/hotvoice/2021/06/082.html

東京都北区:”生ごみについては、まず、なるべく食べ残し・調理くずを出さないよう工夫することが大切です。また水分をしっかり絞るというだけでも一定の減量効果が期待できます。環境に優しい方法でもあり、多くの区民の方々に実践していただくことにより、ごみの減量に大きく寄与するものと考えております。”

https://www.city.kita.tokyo.jp/r-seiso/faq/kurashi/gomi/go006.html

長崎県佐世保市:平成24年度末に廃止した「生ごみ処理機器設置奨励金交付制度」の再開についても検討しているところです。しかしながら、問合せ件数も少ない中で新たに予算を確保するのは困難な状況であり、一朝一夕にはいかない状況です。

一方、上記のように「生ごみを減らす」ことの重要性は強く感じており、生ごみのたい肥化を主眼にした「ごみ減量アドバイザー制度」に加えて「ダンボールコンポストによる生ごみたい肥化」のご案内に着手しております。また、生ごみの「かさ」を減らし、焼却しやすくするために生ごみの水切りや濡らさないことなどについてごみ収集カレンダーにも掲載し啓発を図っているところです。

さらに、ごみを減らすという観点から、食品ロス削減のために食べ残しなど生ごみを増やさず、食材の過剰切除を減らすこと、まだ食べられるのに捨てられてしまう食品・食材を減らすためにフードドライブについても発信し、市内のこども食堂に食品・食材を提供する体制づくりを構築しております。”

https://www.city.sasebo.lg.jp/soumu/hishok/iken_10914.html

武蔵野市:”生ごみ処理機の使用は生ごみの資源化・減量に有効ですが、処理機の使用は新たな環境負荷を生み出してしまうことと、過去に補助金交付を受けたかたを対象に使用状況を調査した結果、6割以上が資源化処理をしていないという理由から、平成20年度で購入費補助制度を廃止しました。”

http://www.city.musashino.lg.jp/faq/faq_seikatsukankyo/faq_gomi/1004137.html

生ごみ処理を行っても、処理されたものを堆肥として利用せず、ごみとして処分するだけでは十分ではないようです。

生ごみリサイクル技術資料

この上記のリンク先にある資料も内容が豊富でした。「全国土の会」という組織があるようですが、その会長である東京農業大学名誉教授の後藤逸男氏による説明です。「3坪(10 ㎡)程度以上の家庭菜園や庭があれば、誰にでも簡単に、全く費用のかからない生ごみリサイクルができます。」という説明が新鮮でした。つまり、高額の生ごみ処理機を購入する必要もない、ということですね。残念ながら我が家には存在しませんが…。

”家庭用や業務用生ごみ乾燥機では、ごみ焼却炉と同様に化石エネルギーを浪費するとの批判もありますが、焼却炉から出る焼却灰はやっかいな産業廃棄物です。それに引き替え、生ごみ乾燥機で乾燥された下の写真のような生ごみ(左が、10mm 目のふるい通過物)は資源として再利用できます。”(技術資料の中から抜粋)

環境省関連リンク

環境省:食品ロスポータルサイト