ロシアの経理書類(Акт / Счёт-фактура / Товарная накладная)Russian Accounting documents for payment

ロシアでのビジネスは契約書のなんと多いこと。たとえ数千円程度の取引であっても数枚から成る契約書の作成を要求されることがあります。対策としては、契約書に記載している必要な情報を請求書に記載することで契約書作成を省くこと。重要性の基準から考慮して、契約書のサイン権限を社長から部門責任者に委譲することでしょうか。今は可能な範囲で契約書作成を不要とできるように努力中です。

今回は、日常の取引で頻繁に見かける経理書類について書いています。

Акт(アクト)

これは、約束されたサービスや活動が完了したことを証明する書類全般を指していて、アクトにはあらゆる種類が存在します。在庫品の棚卸しが終わったときに作成するアクト、イベントでホテルの部屋を借りたときに作成するアクト、商品を納品したときの納品手続きが完了したことを証明するアクトなど。権限を持った人がアクトにサインをして、両者がそれぞれ原本を保管します。

Счёт-фактура(ショトゥ・ファクトゥーラ)

この書類はVATに関係する税務上必要とされている書類で、税法で要求されている内容が記載された所定のフォーマットで作成されています。VAT対象の取引には必ず付いてくるものです。この書類をもとに私たち商品購入者、サービス受領者は支払い額のVAT相当額をVAT申告から控除することができます。

ただし、簡易課税方式を適用している業者の場合には、このショトゥ・ファクトゥーラが付いてこないので注意が必要です。「あれっ?この商品ってVAT0%対象商品だっけ?なぜショトゥ・ファクトゥーラが無いのだろう?」と思う場合には、この簡易課税方式の可能性が第一に考えられるかもしれません。あるいは単なる書類の紛失なんてことも・・・。

今回参照したLinkでの説明によれば、「ショトゥ・ファクトゥーラは、実際に商品が出荷されたことやサービスが提供されたことを証明する書類である。このショトゥ・ファクトゥーラは、相手方が最終的に商品やサービスを受領した後に発行されます。そのため、この書類には(VATに関するだけではなく)、注文内容やサービスが適切に提供されて完了したことを証明する目的がある書類です。」とのことでした。この書類についてはVATのことだけを考えていたので、この目的を知ることができて勉強になりました。

Товарная накладная(タヴァールナヤ・ナクラドゥナーヤ)

この書類は、物品を購入した場合についてくる書類です。この書類をもって物品の売買が行われたことを正式に証明することになります。日本でいうところの商品受領書や納品書をイメージしていましたが、その意味も包含した、もう少し大きな意味合いを持つ印象を受けました。このフォーマットは「ТОРГ-12」(トルク-ドゥヴェナッツァツィ)というレポート名称があり、仕事をしているとこの名称がオフィス内でよく耳に入ってくることがあります。販売側と購入者のそれぞれがサイン、社印を押す必要があります。

商品を購入する場合、右側の下にサインをするのですが、”Груз принял”(商品を受け取りました)”Груз получил грузополучатель”(商品受領者が物品を受領しました)という二つのサイン箇所があります。一体何が違うのか?背景について正しく理解できていなかったので調べてみると、(参照Link  https://www.audit-it.ru/articles/account/assets/a12/256039.html

ロシア民法509条によれば、商品は購入者 ― 契約書に記載されている人物(つまり会社責任者)― に届けられる。つまり、後者は発注した商品を間違いなく受領しました、ということを証明するものであり、それはこの条項を解釈するに、受領側の会社責任者にサインできる権限があるということです。通常はその商品発注に責任を持つマネジャーなどに権限を委譲し、彼らがサインをしているのが一般的だと思われます。前者(”Груз принял”)に関しては、その商品を直接受け取ったスタッフがサイン可能です。

トップの社長に権限が集中するのは当たり前ですが、ロシアで仕事をするにあたり、この権限委譲の範囲、管理も重要な仕事の一部となっています。徐々に管理しきれず、どの権限が誰に委任されているのかあやふやとなってしまう危険が多いにあります・・・。

憂鬱な月曜日を迎えるにあたってのロシア人と日本人の違い / How to meet Gloomy Monday – the difference between Russian and Japanese

”Работа & зарплата (Job & Salary)” より(1-7 July 2019)

街のスタンドで見つけた仕事広告冊子”Работа & зарплата (Job & Salary)” (Link: http://rabotamedia.ru/)の見開きページにこんな面白い記事がありました。月曜日が憂鬱に感じるのはどこの国でも同じなのかもしれませんね。「仕事に行く気にならない時、あなたはどうしますか?」とのアンケートへの回答結果には日本では想像できない回答結果が。日本で同様のアンケートがされたらどんな結果が出るのか分かりませんが、インターネットで幾つか検索してみてもロシア人の回答にあった、「仕事を休む」という回答は、見つかりませんでした。回答にあたってのそもそものマインドに両国民の間で違いが見られるのは興味深い特徴ではないでしょうか。

月曜日 つらい日

1.仕事日に向けて早めに準備を始めること

金曜日。明日は休日だ、ということで気が緩んでしまい、終えられる仕事を後にしてしまう人が多くいるけれど、これは誤った選択です。月曜日には新しいタスクが現れます、金曜日に終えられることは月曜日に持ち越さないようにしましょう!

2.早めに寝ること、例えば23時までに就寝すれば、翌日はより気持ちよく起床できるでしょう。爽やかな気持ちで起床でき、朝食を楽しみ、ゆとりを持って出発ができます。渋滞や地下鉄のうんざりする人ごみもなんのその、気持ちよくオフィスに到着できます。

3.月曜日の朝を気分を盛り上げてくれることから始めてみませんか。同僚と最近のニュースを話してみたり、お茶やコーヒーを飲みながら5~10分ほど同僚とちょっとした会話を楽しんでから(послетничайте с ними)仕事を始めるのはどうでしょうか。

4.仕事中に何回か短い休息をとること。オフィスを出て外で新鮮な空気を吸うことほどよいことはありません。身の回りを楽観的に、ポジティブに見てみましょう。きっと憂鬱な気持ちも軽くなるでしょう。

8時間?もしくは5時間?

英国のJohn Ashton教授によると、勤務日数は週4日に短縮されるべきである、ということ。それが仕事上の成果と家族生活、ストレスの影響を最小限に抑えるために、近しい人との関係をより良くするためのバランスを保つ上で大切だ、という。仕事のアウトプットが高い人は業務時間のうち、5時間以内に結果を出している、というデータがあるようです。

(参照Link)

https://www.theguardian.com/society/2014/jul/01/uk-four-day-week-combat-stress-top-doctor

アンケート結果 「仕事に行く気にならない時、あなたはどうしますか?」

面白いなぁ、と感じたのは「仕事に行く気が起こらない時、あなたはどうしますか?」との質問に対して、26%もの人が、「仕事に行かない」と答えていること。きっと冗談も交えて回答した人も含まれていると思うので、この数字を正直に信じてはいけないのだと思います。それにしても、13%「オフィスに行かなくてもよい、それらしき理由を考え出して仕事に行かない」、8%「無給休暇あるいは有給休暇を取得する(ロシアの給与計算は複雑です、別の機会に記述予定です)」、5%「誰にも言わず、ただ仕事に行かない」(ひどすぎます)

モスクワで働いていて、ロシア人スタッフからすると私自身も含めて多くの日本人は業務の開始時間にとりわけ厳しいようで、この点でお互いに理解し合うことは難しさを感じます。多少遅れる分には許されるもの、との暗黙の理解があり、遅れる人は数分~10分以内の範囲で遅れてやってきます。すごいのは、それ以上遅れてくることはない、ということ。遅刻はしているのですが、決してひどい遅刻ではないのです。その数分の遅れに対してどれだけ厳しく接するべきか?この点は多くの日系企業マネジメントが格闘しているテーマだと思います。

業務時間に関して、日本的美徳の意識を変える

始業時間になっても共同スペースでスタッフ同士がコーヒーやお茶を飲みながら歓談している様子を今でも見ます。かつての私であれば、この点に目を尖らせていましたが、今では「この時間も大切な仕事時間の一部なんだ」という思いを持つようになりました。よく聞いてみると、彼らもただ世間話をしているだけではなく、イベントの情報交換や、お客さんとの仕事上のハプニングなど、業務に関係あることで盛り上がっているようです。ただデスクにいないから、別の場所で話をしているからさぼっている、そんな風に形だけで判断することがないように気をつけたいと思います。形から入るというのは正しいことでもあり、間違っていることでもあるのかもしれません。

今のモスクワの若い世代も日本の若い世代も考え方が我々とは異なっており、仕事に対して柔軟な考えを持っています。仕事は一日8時間労働の契約、勤務時間が終わればオフィスを出て友人と遊ぶ、家族との時間を楽しむ。そんな当たり前を犠牲にしてきた我々日本人は、私たち日本人の働き方そのもののあり方を考える必要があるのでしょうか。ロシアに来て有りのままに生活しているロシア人スタッフと一緒に働く中で多くのことを学ぶことができています。

さて、先週の金曜日。ロシア人スタッフと週末の過ごし方を会話したところ、ダーチャで過ごすとのこと。その彼女と金曜日の午後から一緒に外出の用事がありました。彼女曰く、「XXXさん、オフィスを出る出発時間が遅すぎる。モスクワの金曜日は大変なんです。みんなダーチャに出かけるから渋滞もすごいの。私もダーチャで過ごすことがとても大切なんです、ダーチャに出かけるのが遅くならないように早めに出ましょう」と急かされました。結局長引いてしまい、ご主人から「まだか?」の電話にも「こっちはまだ忙しいの!仕事が終わっていないのよ!」と一蹴。そんなこともあって外出先では、「もうそろそろ終業時間だし、ダーチャの出発しないといけないのでは・・・?」と気を利かせたのですが、彼女が仕事モードに入ってしまったのが原因で、外出先での用事が終わったのは19時過ぎでした。「いいの、いいの、大丈夫」とのことで、金曜日はなんとも彼女のペースに周りの皆が苦笑しながら振り回されてしまいました。そんな事態を経験できるのもまたロシアでの勤務の楽しさの一つです。

ロシアで働くにあたってのGeneralistとしての価値 / The Value as Generalist in Moscow work life

モスクワの地下鉄Трубная(Line 10)のチケット売り場。”We speak English!”と窓口にありました。先日見つけた地下鉄でのトイレ設置いいモスクワも変わったなぁ・・・と。

モスクワでの勤務経験の数年を経る中で考えるに至ったことは、この世の中に生きる中で、一つのこと(専門性)を突き詰めることー Specialistになることーが果たして正しいことなのか?、ということです。少なくとも自分自身の中では、これまでの経験に基づき自らの将来を勝手に決めつけてしまうことのないようにしたい、と考えるようになりました。初めて経理という学問を知った大学最終学年、常にすべての処理が借方と貸方とでバランスすることの素晴らしさに感動を覚えて、そこから会計を自己学習するようになりました。それからというもの、就職してからも会計に関して時間を割いて勉強し、経理部門で働くことに。その後、会計の資格を目指すようになり、日商簿記、そして次は税理士や会計士?そんな目標を抱きつつも現実の難しさにぶつかり先がまったく見えない中でのモスクワ行き。資格教材を一式持ってモスクワにやって来ましたが、まったく勉強に費やす時間はなく、日々起こる仕事のことで精一杯。赴任して前任者がいなくなってから、いきなりまったく経験もない物流で問題が発生。「今借りている倉庫のキャパシティが足りないため、これから入荷する商品を保管する場所がないんです。何とかしなければいけません。(さあ、何とかしてください)」とまるで新人の素人がどのように事態を取り扱うか様子見とでも言うかのように、自ら動かない物流マネジャーを連れて仮のスペース探しに動き回ったことがありました。人事のことではソビエト時代の生きた化石のようにまったく営業サポートどころか営業活動を否定するような頭の固い経理トップがいたり・・・。そういった日々のバトルを闘い、切り抜けて、切り開き明るい光の差す未来へ・・・そんなことの繰り返し。そんなわけで赴任してからというもの全く経理という業務に携わることができず、世の中の会計の世界の潮流についてゆけずに悶々としていた時期がありました。今では完全にGeneralistになっていますが、結果として、それは自分の望んだ形ではありませんでしたが、その仕事人生を楽しんでいます。

Generalistとして

Generalistとして幅広い分野と携わっていると別の分野を知ることができます。その結果、その経験・知識を他の分野に応用できることがあります。例えば、IT技術はとりわけ他の分野と密接な関係があります。毎日物流スタッフが翌日の商品出荷情報を顧客にメールで連絡する場合。一つ一つのメールを作成してはクリックして送付する・・・その繰り返しのなんと時間のかかること。エクセルから各顧客向けの情報ファイルを作成し、各顧客向けのメールを作成しファイルを添付する。そんなこともITを把握していれば提案が可能となります。

Generalistとして多くの問題と接していると、自分で物事の理由を考える力が付くように感じます。ロシア人経理スタッフを見ていて、何かファイルでトラブルがあるとすぐにITスタッフに電話。「XXX、Excelに何かトラブルがあって進まないから助けて、早く来てね。」と。何でその原因を探ろうと少しでも自分で考えないのだろう?と思います。(残念ながらもうあきらめました。どんなに言っても変わらない人は変わらないので)

「私は営業、あなたは管理」という発言も嫌いです。人はだれもが営業であり管理でもあるというのが持論です。あくまで日頃取り扱う商品や業務内容が異なるだけで、人間誰でも自分自身を売る、という意味では皆営業です。営業だからといって数値管理ができない、最低限の法律知識を知らずにいてもよいわけではない、という点では皆管理です。

好奇心や「なぜ?」という問いかけ

今の世の中、あまりにも世の中の根底が変わってゆく中、自分が信じていたものが覆されてしまうことがあります。自分の強みであったものが将来的にそれほど必要とされなくなってしまう可能性があります。結果的にそんな時がどれほど近くにあるのか、突然にやってくるのか、きっとゆっくりと注意してみていなければいつの間にか気が付かずにその時を迎えてしまうのかもしれません。

最終的には、他のことに関する興味、関心を示す度合。なぜなんだろう?という問いかけ。それがその人の成長につながるのだろうと。逆に考えると、それができる人間が現地企業に少ない…と思うと残念です。

自分のことを勝手に決め付けない

このように書いていて分かるのは、どんなに自分自身の専門性があったとしても、すべては自分のことをこうあるべきだ、自分はこうなんだ、と決めつけることを避けるべきである、という真理です。どんな可能性も自分にあるのだ、ということを意識してゆきたい、そんなことをロシア人スタッフにも伝えてゆこうと努力中です。インターネットの記事を読んでいると、ジェネラリストを擁護する記事も散見されました。

https://hbr.org/2016/06/generalists-get-better-job-offers-than-specialists

つまりそれだけ世の中でGeneralistに対して否定的な見方が強い証拠なのかもしれませんが・・・。

モスクワでの労働市場を見ていると、幅広い分野での業務経験を持っている人材が少ないと同時に、ジェネラリストであることに否定的な印象を感じます。ロシアでのビジネスは欧米や日本とは違った特徴があるとしても、若い世代は欧米の影響を受けていますし、教養のある世代はロシアのあり方について良さ悪さを客観的に見れる人たちではと付き合う中で感じています。そんなことから、ロシアにおいてもそんなマインドも将来的には徐々に緩和されてくるのでは・・・そんな風に思えます。

また、このようなそれぞれの専門性に固執したSpecialistが多く見られるからこそ、多くのことを幅広い観点から客観的に見て適切な状況判断と、各関係者と温和に議論をして着地点を見つけることができる人間の価値が高まっているに違いありません。

そもそもGeneralist、Specialistという区分自体が不要では?

それにしてもGenralist、Specialistという区分も人間が勝手に作り上げた分類であり、ただ結果として見える事象にそれを“Generalist”や“Specialist”という言葉を作り上げただけなんだと思います。ただ単に、あらゆることに興味を持ち、それぞれに入り込んでは時には飽きて他のことに行ってみたり。そんなことから幅広い見識と経験を持っている人をGeneralistと呼ぶ。たまたま一つのことに強い興味を持ち、それにとことん打ち込む結果他の人よりもその分野について深い知識を持つようになった人をSpecialistと呼んでいる。そもそも自分はいずれかの人間だ、なんて考えずに自分の持つ興味・関心事に素直になってみるのが良いのかな、とこの記事を書く中で至った結論です。

ロシアに駐在するにあたってのストレスとの向き合い方 / How to come to face-to-face with the stress in the work life in Russia

このテーマはロシアで働くから、ではなくどこにいてもぶつかることだと思いますが、ロシアで仕事をする上で、心理的な負担が多いがために精神的なストレスは日本で勤務する以上に高いものがあります。それとどのように向き合えるか、これは駐在員としてロシア生活を上手に過ごす上で大切なことであるに違いありません。

人によってストレスとの向き合い方は異なり、人の数だけあるでしょう。仕事のあとの他社日本人駐在員との交流やクラブ活動を楽しんだり、日本から買い込んできた日本食材や日本食レストランでの食事を楽しんだり。

私は時々こういったことがあるのですが、皆さんはどうでしょうか?「(自転車に乗っていて)今日はやたらと行く先々で赤信号にぶつかるな、何か悪いことがあるのだろうか…」「(通りを歩いていて)何だかすれ違う人と違う方向によけて歩こうと思うのに、今日はやたらと何度も同じ方向にお互いが避けてしまってぶつかってしまう。何で今日はこうもこんなにうまくゆかないのだろう…」「(仕事でExcelを操作していて)何でか今日はこうもフリーズばかりしてせっかく作ったファイルが台無しだ…セーブもしていなかったので自分のこの費やした時間、一体だれが返してくれるんだ?!(誰も返してくれるわけがない)」「(ロシア人のグループやカップルとすれ違ったときに彼らが声を立てて笑い出したのに気が付いて)自分のことを笑われているのだろうか…」

こんなちょっとしたことですが、ちょっとしたことから自らネガティブに考え始めてしまう危険があります。こういった時は、私の経験から言えるのは、大概自分自身の気分が落ちているときです。ロシアで日本以上に感じる生活上、業務上のストレスから、この落ちるタイミングが多くなりがちなのが駐在員生活だと思います。

― 雨ばかりの今年のロシアの夏。夏の日差しをもっと楽しみたいのになぜこうも雨ばかり…でも、それだけ太陽のありがたさを感じることができる機会になります。塵ばかりの空気の悪いモスクワの空気が、雨のおかげで新鮮な気がします。緑の匂いが香ってきます。

― 信号待ち。日頃青信号で通り過ぎている時には目に留まらなかった街の風景や構造に目をやる機会となります。少しぼっとしてちょっとしたことを考える時間ともなります。

仕事の効率化を徹底して追及してゆく日々の中で、果たして生活のすべてにおいて効率化が正しいことなのか?ロシアに来てから疑問を抱くようになりましたし、あえて無駄と思える選択肢を取ることも逆に必要なんだ、と悟りました。

日本は多くのことが整備されており、多くのことが予定通りに進むことが重要視されている気がします。一方のロシアはまだまだ混沌としており、日々とても思い通りに事が運ぶことがありません。ソ連崩壊、ルーブル貨幣の大幅な価値下落などの不安定さをベースとして生活しているがゆえに物事が思った通りに進めば素晴らしい、うまくいかなくても当たり前。そんな感覚を持っているのだと思います。だからこそロシア人のマインドはロシアでの駐在生活を上手に過ごす上で学べる点が多くあります。

ロシアでの勤務を経験することで、かつて日本で抱いていた常識の非常識さ、根本的な考え方の変化など、多くのことをロシアから、ロシア人から学びました。今もロシア人スタッフとの交流を通じて、ロシアでの生活を通してロシア人から学んでいる日々です。

ソフトスキルの重要性 ― ロシアも日本も関係なく / The importance of “Softskill” in Russia, Japan everywhere

観光客、バイカー(biker / байкер)が夏には特に集まるモスクワ市街を一望できる丘、 Воробьевы горы (Sparrow hills)にて。展示されているクラシックカーを懐かしそうにおばあさんが眺めてたたずんでいました。

今の時代、ソフトスキルの重要性がとても重要であると感じていて、さらに、この、目に見えない自身の持っているソフトスキルをどれほど簡便に、分かりやすく、見える化して違うバックグラウンドを持つ世界に住む人に表現、説明できるか?これが一層困難だけれども、これまた重要なテーマだと感じています。こうしてブログで書いているテーマ ― 今日で言えば「ソフトスキル」 ―はまったく新鮮味はなく、インターネット上やビジネス書でよく目にすることだと思いますが、仕事の経験を重ねてゆく中で、なんだかストンっと落ちて納得するタイミングがあるのですが、まさにこのソフトスキルの重要性も、他社の方の客観的な話を聴く中で「あっ、そうなんだ、自分が日ごろ感じていることってソフトスキルのことだったのか」と、知識として知っていることと、真に理解して知恵として自分のものになっているか。この違いは天と地の差です。自分自身が経験してきたことをどうやって他人に伝えることができるか、書き物であっても面談を通してでも、同じ共通土台を持っていない人に伝えることの難しさを感じます。人事の採用面談で彼らがどんな人なのか物語るようなエピソードをロシア人候補者に毎回語ってもらいますが、今のところ、これまで納得のいく形で説明をしてくれた候補者には一度も出会ったことがありません。日ごろから意識していないからこそ、いきなり説明を要求されても相手に納得のゆく形で、例えを用いたり、相手のバックグラウンドを考えずに自分の視点で言葉足らずの表現で語ってしまうことに問題があるのでしょう。以前にアメリカで出会った方は「ソフトスキルを見える化するものとしてMBA資格があるんだ」とのことでした。見える化のテクニックとしてそうなのかもしれませんが、それはMBAはあくまでハードスキルであろうと思います。ソフトスキルを鍛えるために専門課程となっているのがハードスキルのMBA?というところでしょうか。やはりこのハードスキル、というのは目に見えるので分かりやすいために、良くも悪くも働いてしまう部分であって危険な匂いを感じてしまうのです。

ソフトスキルの見える化の方法としては、考えてみるとこのブログで自分自身を表現してゆくことも一つの形なのかな、と。どれだけ自分の体験を自身の体験として書くことができて、それを読者が納得できる形に表現してゆけるか、それをどれだけ頷いていただけて、「役立ちましたよ」と言っていただけるか。定期的にサイトを開いて「どれどれ、新しい記事があったら読んでみてやろうか」と思っていただけるか。

また、その人と一緒に勤務した人からの評判、出来る限り正直なコメントを幅広く拾い上げること。そして、仮に素直な前向きのフィードバックが出てこない場合、(多くの人が本人のことを悪く言わないと思われますが)彼らが発言するコメントの発言や文面ではなく、それらに共通して見出される何かをどれだけ汲み取れるか。そこが大切なんだと感じています。

モスクワの職探し・給与事情 / Job searching, Salary in Moscow

今年の5月に地下歩道にて撮影したマクドナルドの人材募集広告。時給200 RUBです。外資系企業を好んで応募してくる理由として比較的聞くことが多いのは「外資系企業は安定しているから。給与がきちんと支払われるから」だとか。ロシア企業では給与がきちんと支払われないこともある、と聞くこともあります。ただし、それは母数自体が絶対的にロシア企業のほうが多く存在するために、そのような企業は必然的にロシア企業の中に存在するからだとも思われます。それにしても200 RUBといえば、本日のレートで換算すると約326円/時間です。ロシア人の若い人たちが働いています。安すぎると思うのは私だけでしょうか…。

モスクワでの給与構造は今もって理解できません。家族・親戚同士での助け合いがなければモスクワで生活してゆくことは難しいのではないかと感じます。昨年、監査対応のために大学生にアーカイブから書類探しのアルバイトを頼んだ際、とにかく非常に安かったことに驚きを覚えたのを覚えています。確か500円/時間も払っていなったはずです。その学生はその金額でまったく問題ない、とのこと。賃金というのは、単なる市場平均だけではなく、会社が持つ無形価値とそれを認める被雇用者側の合意のもとで成り立つものであり、標準化して語ることができないと思いますので、難しいテーマです。ロシア人スタッフはそんなことお構いなしに、「私の給与は低すぎる。適切に評価されていない!」なんて平気で言ってきます。何も言わずに去ってゆくのではなく、このような話を直接言ってくれる人には感謝しないといけない、なんてアドバイスも受けたことがありますが、どうでしょうか・・いなくなっても困らない人間もいますので。 

 モスクワでの職探しは、概ねインターネットが主流です。多くのリクルートエージェント会社が存在し、その中で複数の会社と契約をして採用活動をするのが一般的ではないでしょうか。

以下に挙げるサイトが主流と思われます。私自身も人材採用を担当する中でよく見るウェブサイトはHeadhunterですが、それ以外のサイトも見聞きすることのあるサイトです。

  • Headhunter (hh.ru) – https://hh.ru/
  • Indeed – https://ru.indeed.com/
  • Avito (avito.ru) – https://www.avito.ru/moskva/rabota
  • «Яндекс Работа» – https://rabota.yandex.ru/
  • Rabota.ru - https://www.rabota.ru/

モスクワの平均給与は直近のデータによれば89,045RUB(参照:ロシア統計局の公式サイトより。なお、ロシアの企業は毎月、毎四半期、毎年とそれぞれ定められた統計を提出することが義務付けられてます。今回のようにデータを調査する中で、定期的に提出しているデータがこのように統計データの一部として集計されているのであろうことを理解できました)

実際、モスクワで生活する者としての感覚では、一般的な給与レベルはこれほど高くありません。どこかのウェブサイトでは、【この平均給与には高い給与を得ているマネジメントクラスの金額が含まれており、その高い給与のために平均が上振れしているのであろう」とのコメントがありました。私も同意見です。食料品購入のために日頃出かけるお店の人材募集を見ていると、店頭スタッフは概ね40,000RUBというのが一つの目安なのかな、と勝手に思ってます。オフィススタッフについては50,000 ~ 60,000 RUBではないかと。その中でもIT業界の平均給与の高騰には目をみはるものがあり、200,000RUBを超えることは珍しくありません。他のスタッフとの給与バランスを考えると、小さな会社ではITスタッフにこれだけ払える会社はそう多くないのではないでしょうか。いかにITスタッフにその他の分野でのベネフィットを感じてもらえるか、いかに本人が葉たらやきやすい環境を作ってあげることができるか、そういったお金以外の分野での福利厚生の整備が重要になってきます。この点はまだ会社規模がまだ決して大きくない日系企業にとっても給与バランスの取り方に苦労する場面であろうと想像します。

参照したリンクでは、職探しをしている信仰心の熱い人は、St. Spyridon(Святой Спиридон Тримифунтский)―  仕事での成功に力のある方だそうです ― へ祈ることもアドバイスされていました。ロシア正教会の国らしい情報です。 祈りも大切でしょうが、それに合わせて行動することが重要ですね。

 今回の記事の参考Link

https://hiterbober.ru/work/kak-ustroitsya-i-gde-najti-rabotu.html

http://moscow.gks.ru/wps/wcm/connect/rosstat_ts/moscow/ru/statistics/indicators/?id=149eea00477480468b81fb6923df9336

自分自身の立ち位置を知ることの大切さ – 実はそんな大したことないもの / Understand own place in the Company (not so big as you imagine)

7月最終日。友人宅に呼ばれて夕食をご馳走になりました。彼らのダーチャで取れた新鮮な野菜と創作料理(そばと卵。うん、美味しかったです)と、そして日本のお酒。昨年、一緒に一週間日本を一緒に旅行した大切なロシア人家族の友人です。今でもいつも昨日のことのように思い出し、「温泉、刺身、富士山… 日本はとっても良かった。 」といつも話してくれます。

自分自身の立ち位置を客観的に意識して行動することの重要性を学んでいます。社内で自分自身のポジションは重要な位置にいる自分自身。本社にいる時とは違って権限の幅も広がり、スタッフにちやほやされることも。なんだか自分自身が偉くなったような錯覚にとらわれることも。可愛らしいロシア人女性スタッフからお願いもされれば心が揺らぐこともあるかもしれません。

自分自身の社内での存在を必要以上に過大に考えないように意識し続けることが必要です。むしろ、いかに自分の存在感を消すことができるか?会社の実務が流れている中で、空気のようになれればなれるほどに現地会社における自分の仕事の成功度合いを測れるのかな、と感じています。

どんなに自分自身で注意をしていても、心のどこかで「自分は日本の本社から派遣されてやってきた人間で、日本の会社のしきたりを知っていて、自分自身も仕事の経験は積んできた。自らがこの企業をよくしてみせるんだ。そのためにもできるだけロシア人スタッフの輪に入ってゆこう」という意気込みがあるかもしれません。少しでもロシア語を喋ってもっとロシア人スタッフと交流し、気に入ってもらうことが第一歩なんだ、なんてかつては思ったりしていました。

仕事を通じて作り出す信頼関係に言葉なんて関係ない

大切なことは必ずしもロシア語を話せることであったり、スタッフに近づいてより親近感を持ってもらうことではないのです。本当の信頼関係や親近感は仕事を通して自らが見せるロシア人スタッフへの誠意から自然と積み上げられるもので、最初から慣れ親しもうとスタッフに近づいて得られるものではないと思っています。駐在としてきた当初は、一生懸命にロシア語でメールを書こうとしたり、ロシア語で話そうとしてスタッフに認めてもらうと努力していたことを思い出します。スタッフを連れて食事をふるまってみたり。あくまでそれは仕事での信頼関係が出来ているからこそ一つの交友のための手段であって、食事そのものだけでどこまで自分自身の評価がスタッフ間で高まるのかは疑問です。食事で楽しく時間を過ごした翌日、何事もなかったかのようにいるスタッフの様子を見てから、日常業務でどれだけ信頼を勝ち得るているか、それには仕事を通じてスタッフから評価されることが重要であること学習しました。ロシア語を使うこと、食事をご馳走すること、日本の文化を伝えようと仕事以外の部分でのロシア人スタッフとの交流にいそしむ、そのような補足的なものが主要部分にきてしまうと失敗です。(表面的には喜んでもらえるし、自分自身も彼らに喜んでもらえるのをみると嬉しくなりますが、これだけでは長続きしないものです)

信頼を得ることができ、個別の会話の中で日本人に対する不満や愚痴も言ってくれるようになればしめたもの。そこからは仕事の進め方も容易になってきます。お願いに対するレスポンスも早く、丁寧に対応してくれる。そのサポート力のもとに自分自身の仕事も進めやすくなってくる。良いスパイラルに入ってくるタイミングです。

会社でのポジションなど大したことない ― 柔軟さと謙遜さ

ロシアで仕事をしていると、たとえ自分がそれなりの立場にいたとしてもスタッフがはっきりと自らの主張を言い張るケースに出会うことが珍しくなく、こちらも自分の意見を持つこと、議論を堂々とすることの当り前さを学べます。その過程を経て、自分自身のポジションには何ら特別なことがないこと ― 自分自身は偉い立場にあるのだから、自分の考えが正しいのだから誰もが俺の言うことを聞くべきだ、という先入観を持つことの危険性 — を教えてくれます。あらゆる考えが正解であることの可能性を認められる柔軟性の大切さ。そのためにはどんな考えも受け入れる姿勢や、最終的なゴールは全体にとって相応しい回答を見つけることで、自分の意見を押し通すことではありません。そうすると柔軟さに加えて謙遜であることも重要な要素になってきます。

どんなにロシアが好きで、どんなにこの会社が好きとしても、大切なのはロシア人スタッフが自らの手で会社を大きくしてゆくこと。日本の会社の子会社だからといっても、ロシアの子会社はロシアの会社。その顧客はロシア人。ロシア人の心を真に掴むのはロシア人スタッフでしかありません。日本人駐在員は現地企業に彩りを与えるアクセントであり、それは、あたかもお寿司に欠かすことのできないガリやワサビのような役割を担っているのではないだろうか、と考えたりするようになりました。

聖書から学ぶロシア人スタッフのマネジメント / Learning from Bible how to manage Russian colleagues

ロシアで美術館の絵画を理解するためには、聖書を知る必要がある、と聞いたことがあります。絵画の題材に聖書の中の話が多いからです。実際に勉強のために聖書を読んでみると、仕事に役立つことが多くあるなぁ、と考えさせられる点が多くあります。

何度でも人を許すこと

ペテロ「主よ、兄弟が私に対して罪をおかした場合、何度まで許すべきか?七回まででしょうか?」

イエス「七回までとは言いません。七十七回までです」

どれだけスタッフが失敗をしても、何度でも許してあげることの大切さを学べます。しかし、どんなにこちらが何度教えてあげても同じ間違いを繰り返すスタッフ、どんなに本人が頑張る意思を持って本人なりに努力しても要求基準に達しない場合…対応方法にいつも苦しみます。自分自身としては温かく許したい、と思っても、毎日の業務にほころびが生じ、日々自らがカバーに入り、周りへの迷惑を感じながら過ごすこと。会社全体への悪影響を考えると、こういったスタッフについては必要な対策を講じざるを得ないと考えています。スタッフに首を言い渡すのは全く嫌なことですが、時期を逃すことなく、決断を長引かせることない行動が必要です。不要で無意味な優しさは会社、自分自身、首になる本人にとっても誰にとっても不幸です。いずれにせよ、自分自身も数多くの失敗をおかしてきた人間ですので、スタッフが不慣れな仕事で失敗をしてしまうとしても、何度も許す心の大きさを持ち、何とか本人の強みを見つけてそれを有効活用できる努力を失いたくない、そう願っています。

自ら相手の立場になって物事を考えて行動すること

何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。

これはとても有名な言葉で、ロシア人スタッフも誰もが知っているはずです。なぜ人はこの言葉を知っていながらにして、「相手が改善しない限り、私も変わらない」「私は悪くなくて相手が悪い」― こうも自己中心的な人が多いのか…知識として知っていることと実際に行動に表すことの難しさを痛感しています。多くの人は、週末に教会で立派な話を聞いて、その通りにしよう、と思いつつもいざ教会を離れて日常生活に戻ると何事もなかったかのようにすべてを忘れ去ってしまうしまうのでしょうか…。この原則を実行できる人は、仕事でもプライベートでも重宝されること間違いありません。でも、この当たり前のことがいかに難しいことか、よく実感しています。

部下のことをよく考えているがゆえに、部下に正しいフィードバックを日頃から与えること

わたしが悪人に向かって、悪人よ、あなたは必ず死ぬと言う時、あなたが悪人を戒めて、その道から離れさせるように語らなかったら、悪人は自分の罪によって死ぬ。しかしわたしはその血を、あなたの手に求める。
しかしあなたが悪人に、その道を離れるように戒めても、その悪人がその道を離れないなら、彼は自分の罪によって死ぬ。しかしあなたの命は救われる。

このフレーズを見つけたとき、これはとても深いな…と素直に感じました。人事評価の際、1年間の部下の業績についてほとんど適切なフィードバックを期中にしてくることなしに、期末時に「あなたのXXが足りなかったですね、この点には不満があります。そのため評価はとてもAをつけられません。」と上司に言われたらどうでしょうか?「いや、私はそんな風に思っていなかったし、なぜ上司はそう感じていたのだろう?なぜ期中に言ってくれなかったのだろう?」と思っても自然ではないでしょうか。マネジャーには定期的なフィードバックを年間を通して行うように、少なくとも1か月に1度は1-on-1 meetingを部下と行うように、と言っていますが実際に出来ている人は残念ながらほとんどいません。フィードバックは部下にもっと成長してもらいたい、もっとこうしたらパフォーマンスが上がるのでは、という愛の感情から行うもの。言うべきことを知っているのに行わないとすると、それは結果的に我々マネジャー自身の責任であり、その罪は重いのだな、とこれを読んで納得しました。

多くのスタッフが自分はキリスト教徒だと答えたとしても、きっちりと聖書の教えに沿って生きている人は少ないと思っていますが、少なくとも教養はあるはず。そんな彼らに聖書のフレーズを使って仕事に励んでもらえるきっかけにできないのだろうか、そんな風に考えています。

カザフスタンの給与計算ロジック / Salary calculation of Kazakhstan

カザフスタンの給与計算ロジックは複雑で分かりづらいものがあります。私自身の経験と以下のWebsiteを参考にして計算方法を記載しました。

注)Месячный расчетный показатель(МРП)と呼ばれる(カザフスタンの法律で毎年決定される社会保険や罰金の計算基準となる基礎数値を言うようです)数値があり、2,525 tenge*25=63,125 tengeを下回る場合には、違う計算ロジックが加わりますが、ここではこの基準以上の給与支払いがある場合のケースを想定しています。63,125 tengeというと、この記事を書いている現時点のロシアのRUBで言えば約10,000 RUBと相当低い水準であり、このレベルを下回る仕事はどのようなものがあるのでしょうか…カザフスタンのことは詳しくないために想像ができませんが、私の業務上の経験ではこの基準より高い給与を提示していることがほとんどと思われます)

(参考 Источник): https://pro1c.kz/articles/prochee/minimalnyy-raschetnyy-pokazatel-mrp/

仮に、給与額面を200,000 tengeとします。

1)年金基金への納付額は額面の10%です。200,000 tenge*10% = 20,000 tenge

2)最低保証賃金(月給)は42,500 tenge (2019年) * 50 = 2,125,000 tenge とのルールがあり、この金額と1)の計算結果を比較します。として2,125,000 tengeよりも低ければ1)の計算金額が年金基金への納付額となります。それにしても、2,125,000 tenge (執筆時点のロシアルーブル換算でおよそ350,000 RUB。このような膨大な額を基準とした理由はなぜなのでしょうか、気になるところです。)

3)次に個人の所得税を計算します。カザフスタンの所得税額は10%です。この計算式にひと手間加わっています。計算式:(給与額面ー1)の計算結果ー最低保証賃金42,500 tenge)* 10% = 13,750 tenge となります。つまり額面から年金基金への納付額を差引き、さらに最低保証賃金も控除したあとの残額に10%を掛け合わせた結果が所得税です。

4)従業員の手取り額は、200,000 – 20,000 – 13,750 = 166,250 tenge となります。

ロシアでは個人の源泉所得税は一律13%。年金基金への納付額の計算率は22%、そして、これは雇用主に納付義務があります。カザフスタンのスタッフと仕事をする時に、個人の源泉所得税を確認したところ「10%」です、との答え。へー、そうなんだ、ロシアよりもさらに低いんだな、と感じたものですが、よくよく調べてみると、年金の納付額が個人の所得から徴収されるとのこと。これは全く知りませんでした。私は税務の専門家ではありませんし、税務は率直に語るとあまり得意でもありません。それにしても、各国で年金、社会保険料(今回の記事ではカザフスタンの社会保険料計算については取り上げていません)の考え方に異なったアプローチがあること、徴収先を個人からとするのか雇用主からとするのか。非常に面白いです。その背景を調べれば、何かしらその国の社会保険のあり方のスタンスが分かるはず。そこまで調べることはできていませんが、カザフスタンの給与計算ロジックを調べる中でとてもよい勉強をすることができました。

なお、この記事の内容に誤りがあることが分かった場合には訂正いたします。また、この記事を元に読者が判断をし、その結果何らかの被害を及ぼした場合であっても、著者は責任を持てませんので、その点はご理解いただけますようよろしくお願いいたします。

まず健康で、そしてタフで打たれ強い - 駐在員として大切なこと / Being healthy and tough – key to success to work together with Russian colleagues

朝、出勤途中に見つけた販売中の飲料ケース。こんなカオスは初めて見ました。地震でもあったかのような崩れ方。帰宅時にはきちんと整列されていました。

駐在員としてモスクワにやってくることは、その会社から外に出してもよい、と認めてもらった人。海外でもやってゆけると認められた人たちだからのはずです。周りを見渡していて皆さん仕事人として、一人の人間として立派な方だらけだと思います。(私の場合は、周りの誰からも「まだ早いのでは…?」という目で見られていました。実際にそのように直接言われましたし、そうだったと思います。長い年月がたった今も毎日が闘いの日々です。)

今日のテーマでもある打たれ強さについて書く前に…優秀さの持つ危険さは、「自分のやり方、考え方は正しい」と信じてどこに行ってもそのやり方を部下に強制することです。また、優秀さの持つ別の危険さは、ことごとく周りから自らを否定される経験が少なく過ごしてきたがゆえにいざロシアでそのような場面に直面した時の衝撃が強いことです。

健康であるのは第一条件として、タフで打たれ強いこと、いやロシアで仕事をするうちにタフに成長してゆくのかもしれません、この特質がとても重要だと経験を通してしみじみと感じます。

“No, no, no, I don’t think so.(いやいや、私はそうは思いません)””Why? I don’t understand why I need to do this job(なぜですか?どうして私がこの仕事をする必要があるのか分かりません)” ― 別に何も否定されているわけではなく、ただの会話なのですが日本にいる時にはこのような会話をしたことはありませんでした。ロシア特有なのでしょうか、ロシア人スタッフがこちらによく聞えなかった時に返す言葉は「Aa?(あ~?、トーンが下から上に上がる、まるで「ア~何々、何か文句あるの?」と。こんな相槌が返ってくることも衝撃でした。

日本という国は「待ち」の文化。その一方ロシアは(多くの欧米社会も?)「取りにゆく」文化だと感じています。つまり、待っていても相手からこちらを気遣う、配慮する文化が日本だとすると、ロシアでは自ら動かなければ得られません。自分自身が上司であり立場としては上にいながらもスタッフから無視されてしまう存在になりかねません。一人の人間として自分がどれだけ通用するのかが毎日の職場で試されているようです。プライベートで出かける買い物では、英語も伝わらず、すぐに言葉が出てこないロシア語では自然と声が小さくなってしまうことも。そうすると容赦なく「Что? (シトー?!=何、聞えないわよ!)」が飛んできます。ここでも自分の主張をする訓練の場です。朝、お店の営業時間に入ったのに、「まだ準備できていないの、もう少し後に来て」と。また、時にお店が日中開いていないと思ったら”Техничесий прерыв”とても素晴らしい言葉。本当なんだろうかと疑ってしまいますが。

物理的に業務量と責任範囲が広がる仕事のカバー範囲の広さに加え、スタッフとの日々の「バトル」、そして言葉の問題。日本のようにはいきません…そんな状況を乗り切るためのタフさ、何を言われてもめげない打たれ強さ、誤解を恐れずに言うと、何事も一つ一つを抱え込みすぎない、”いい加減さ”を多少持ち合わせること。きっとこれらがロシアで仕事をし、生活をしてゆくうえで重要なことであることに間違いはなさそうです。