おすすめのロシア語辞書 / Russian dictionary which I would recommend

今のロシアは、そしてこれからも、現在の政権が存在し続ける限りロシアビジネスの将来は無いのだろうか…一体今後どうなってしまうのだろう…という暗く、どんよりとしたロシアの景色しか浮かんでこないこの頃。ロシア語の需要は果たして今後も存在するのでしょうか。モスクワで通訳をすることで生計を立てていたロシア人にとって欧米や日系企業のロシアビジネスからの撤退や事業停止はとてつもなく大きな衝撃に違いありません…。

最近は、ウクライナ情勢を巡ってウクライナにいる友人と連絡を取ることが多くなりました。定期的に届く現地の悲惨な状況と、それを遠くの世界で起こっていることのように伝える平和な日本。そのギャップに戸惑いを感じつつ、限られている中で自分にできることを細々と行う日々です。

ロシア語でやり取りをする機会も増え、自分のロシア語の未熟度を知る機会ともなっています。以前ですが、ロシアに手紙を出したい、という日本の友人からの手紙をロシア語に翻訳したところ、その文章を見て「意味は伝わるけれどもロシア人だったらそんな表現はしない」と笑われてしまったこともあります。「いや、あえて外人が頑張って書いたロシア語にこそ価値があるんだ!」と言い訳をしましたが、やっぱりロシア語の美しさが伝わるような表現ができるようになりたい、と思います。どんなに辞書で調べて単語を習得したとしてもネイティブのような表現方法をするには到底及ばない。難しいです…。

大学時代に習ったロシア語。文法でぶつかる壁と言えば格変化。学生時代には、シュセイヨタイゾウゼン(主格、生格、与格、対格、造格、前置格)と機械的に覚えましたが、今でも単数形、複数形の場合、男性形と女性形の場合とでどっちだったっけ…?と悩みます。

モスクワで勤務していた際、ロシア人スタッフが頻繁に利用していたオンライン辞書は以下のものでした。不思議と、一人だけでなく、別のスタッフと会話していても同じサイトを開いていたので、きっとこのサイトの使い勝手が一番高いのだろうか、なんて思ったことを覚えています。

https://www.multitran.com/

インターネットでオンラインロシア語辞書のおすすめをパッと探したところ、以下のサイトでいくつかのオンライン辞書が勧められていました。(先ほど記載の辞書もその一つとして挙がっています)

私のおすすめの辞書

自分自身の勝手な好みで判断していますが、いろいろな辞書を探す中、現時点では以下の辞書が一番のお気に入りです。

https://kartaslov.ru/

先ほどの格変化の例で言えば、以下のページを開き、調べたい単語を入力すると全ての格変化の形がパッと表示されます。

https://kartaslov.ru/просклонять-существительное/лес

ウェブサイトの構成も分かりやすく、類義語や他の単語との組み合わせパターン、その単語の使用例をロシア文学の中や有名な人の発言からの引用といった有益な情報も載っています。

単にロシア語を浴びるように聞いていても上達しないけれども、かといって教科書を開いて文法の勉強だけをしていてもやっぱり上達しない。それは義務教育で学んだ英語学習で証明済み。駐在員時代に面白かったのは、学生時代にロシア語を専攻していてモスクワに派遣されて仕事をしている人たちの中には、必ずしも一生懸命に勉強を学生時代にした人ばかりではないこと、そしてそのような人が流暢にロシア語を操るようになっている、ということです。

私には何が最も適切な学習方法なのかは分からないのですが、いろいろな方法を試しながら、それをしばらく続けてみて自分に合っているのか合っていないのかを検証してみる。そして自分に相応しいと思う学習方法を身に付ける。外国語学習はその作業の繰り返しでしかないのでは、と。定期的にロシア語に触れて、声に出して読むこと。これを毎日続けること。短い文章でも大丈夫。これが私にとって今のところベストかなと思っています。たった5分、といっても、毎日5分続けること自体がかなりのチャレンジであることを実感しています。そして声に出すことで、その言語を話すときの筋肉の使い方を覚える。頭の中で黙読して読み進めることと声に出すことには、とてつもなく大きな大きな違いがあると思っています。

さて、お気に入りのオンライン辞書で”россия(ロシア)”という単語を入力して検索したところ、以下の引用句がヒットしました。

Иногда кажется, что Россия предназначена только к тому, чтобы показать всему миру, как не надо жить и чего не надо делать.

Пётр Яковлевич Чаадаев (1794–1856) — русский философ

(時々思うのだが、ロシアは世界中に対して、どのように生活すべきではないのか、そして何をすべきではないのかを示すためだけの運命にあるように思われる。)

100年以上も前に語られた言葉ですが、現在のロシアに照らし合わせてみたとき、どのように皆さんは感じられるでしょうか…。

どんな大変な時でもちょっとした喜びや美しさに気が付く心を持つことの大切さ / The importance of having a heart to notice a little joy and beauty in any difficult time

キエフを逃れてウクライナ西部に避難している友人から届いた動画からの一場面。あちらでも春がもうすぐそこまでやってきているようです。カメラのピントが合っていればもっと良かったのですが…

今週の月曜日。長らく連絡を取っていなかった友人からボイスメールが入っていました。モスクワにいたときには、いつも陽気な姿しか見たことがなかったウクライナ人の彼の声は疲れていて、暗い声で「先週、キエフから何とか電車で脱出してウクライナ西部の町にやってきたところだ。キエフはロシア軍に包囲されたと聞いていて、現時点では今のところキエフを脱出するのが困難なようだ。キエフの若者たちは最後まで戦って街を守る用意が出来ている。事態は非常に深刻だ…もし武器を持たない一般市民がこのまま脱出できないとなると多くの市民が犠牲になってしまう…。」とのこと。その後…久しぶりに直接会話をすることができましたが、逃れた町はキエフに比べればずっといいけれども、ここでも爆撃があり、空襲警報が鳴る度に地下に避難してはまた地上に戻る…その繰り返しだ、と。

その後、受け取った動画には、「こんな非常事態だからこそ、喜びや、美しさに気が付く心を持つことがとっても重要だ、ほら見てごらん」と言って、今にも咲きそうなつぼみを付けた花の様子を送ってきました。

今はまだ平和な日本に住んでいて、日頃抱える問題がありますが、自分の住まいを突如として捨てて逃げなければならない、これほどまでに大変な状況の中でも逞しく、逆にこちらを明るく、励ましてくれています。同じ事象をどのように捉えるかで物事の見方はポジティブにもネガティブにも大きく変わるもの。今見えている目の前の一つ一つのことを前向きに見るだけで景色がすっかり変わるかもしれません。彼とのやり取りからまた一つ学びました。

「どんなものでもよいので、気持ちが明るくなる写真とか動画を送ってくれ!」という彼の言葉に応えようと、自分自身も仕事の合間に身の回りの自然の美しさや動物たちに目を留める機会になりました。在宅勤務の休み時間には家の近くを自転車で走ってみると、梅も花をつけています。風も暖かく感じられます。冬には聞こえてこなかった鳥のさえずりも。春もすぐそこに。

人の数だけある物語を乗せて走るシベリア鉄道 / The Trans-Siberian Railway runs with every own life story of passengers

日頃、定期的にロシアや旧ソ連にまつわるニュースをチェックするのに欠かせない、お気に入りのニュースサイト、Настоящее время(英語:Current time)。その別チャンネルでドキュメンタリー動画を流しているНастоящее время.Док。ここでまた一つ素晴らしいシベリア鉄道に関する動画を見つけてしまいました。ウラジオストクを出発してモスクワまでの7日間の旅のドキュメンタリー。そこに居合わせた人々が語るそれぞれの人生の話を伝えています。

この動画の一番頭にあるコメントに全く同感です。「どれだけの多くの人に…その一人一人に自分の物語があるのだろう、想像もできない。 これは素晴らしい! すべての人が幸せでありますように。」

Получается правда что жизнь только в столице?(良い生活ができるのは首都(モスクワ)だけというのは本当?)というと問いかける男性。とても深い質問だなぁと。モスクワで働いている時、地方から出てきて勤務していた若い女の子が退職してゆきました。「これ以上モスクワで生活は出来ない、地元に帰りたい…。」と言って。金銭的に生活が厳しかったのか、モスクワでの生活リズムや人に疲れてしまったのかは分かりませんが、当時、彼女の言葉からは後者のように感じ取りました。このドキュメンタリーに出てくる車両で働く若い女の子は、初めての首都モスクワを訪れることについて「気に入る人もいればそうでない人もいる。私は全く好きになれない」と。別の女の子は、「今の時代、ほとんどの人は飛行機を使う中、まさか自分の休暇を7日間列車でモスクワへ向かうとは考えもしなかった。純粋に(モスクワの)赤の広場を見てみたい。とても興味がある。」良い生活とは?幸せとは?…答えはそれぞれの人によって異なります。ライフステージも変われば自分自身の中での定義も変わってきます。モスクワを見た後の彼女たちの人生はこれからどのように動いてゆくのでしょうか?

ウラジオストクよりも東に位置する日本からモスクワへ行くにしても飛行機であっという間の約10時間。そんな中、7日間かけてモスクワへ向かうというのは、飛行機が苦手な人、航空券が高いので少しでも安く移動したい人(ウラジオストクーモスクワ間の列車チケットの現時点での値段を調べてみたところ、一番安いものでは約10千RUB(今のレート換算で約15千円)となっていました。)国の福利厚生制度の一環で無料で座席を提供される軍人や鉄道関係の従業員、そして列車ならではの旅の醍醐味を満喫したい人といったところでしょうか。「自分の家族は今日、モスクワに飛行機で到着している。家族は飛行機が好きだけど俺は列車の旅が好きなんだ。美しい自分の国をみることができて、多くの人たちとの交流を楽しめるから」

列車の旅となると、自分の空間というものは無くなります。トイレ、シャワーは共同、食事は持ち込んだものや途中で止まる駅で食事を販売する人たちや、駅のキヨスクで調達したり。周りの人たちと打ち解ければ夜は宴会に。静かに眠りたい時でもどこか別のところでは騒がしい所も。といってもロシア人=全員がよくしゃべるわけではなく、この動画に出てくるのは快く応じてくれる人付き合いの良い人たちだろうと思います。それでも、相手の懐に入ってくるまでの時間、距離感は日本よりもずっと短いもので、大概話題に挙がることの中には「給料はいくらだ?日本の年金はいくらか?お前の名前にはどんな意味があるんだ?日本人、中国人、韓国人はどうやって見分けるんだ?日本製品はどれも最高だ!」こんな話で盛り上がることが多かった気がします。昔も今もJapanブランドはまだ高いものがあります。この点では、ロシア人との会話では、日本を売りにして現地の方々と親しくなるチャンスです。最近では私も全くついてゆけない日本のアニメをロシアの友人が知っていて逆に教えてもらうことも…。

飛行機では各自がイヤフォンをして映画を見たり眠ったり本を読んだり。合間に食事がありうとうとしていたら気が付くと「この飛行機は間もなく目的地のモスクワに到着します。必要な方は今のうちにトイレを済ませておき、席にお座りください。」とアナウンス。一方の列車の旅は、乗っては去ってゆく人々との出会いと別れ。そこで聞ける話から”本当の”ロシア、多くの一般のロシア人の生活が垣間見えるなぁ、とつくづく思います。

鉄道関係で12年間働いていた男性は、肉体的にも大変な仕事で給与は30千ルーブル(今のレート換算で約46千円)。「辛い仕事だった」と。その隣に座っている女性が「今、仕事のパートナーとぶつかっている。私にとって仕事は1番目でもなく、2番目に大切なことでもない。旅行したり、人と交流したり、精神的にも成長したりしたい。彼はよく”まず仕事、(他の)生活のことはその次だ”というフレーズを口にする。けれども、それがうまく行かないことは分かってる!」駐在員として働いていた頃、就業時間になると「じゃあ、また明日!」といってササっと帰ってゆくスタッフ。当時の私が、この動画の女性が不満をもらしている男性と重なってきました。あの経験があって今の自分がいます。仕事も重要ですし、仕事も充実していますが、仕事を人生の第一、と断言してしまうとすると、それは危険ではないでしょうか。

1年半前に父親が亡くなり、間もなく40歳を迎えるという女性は「(父親の死を経て)生活を一変させた。今現在を生きないといけない。なぜ明日に延ばさないといけないの?明日は来ないかもしれないんだから。」と断言。長いこと鉄道での旅をしていなかったのでシベリア西部にある都市チュメニに旅行することにしたようです。

ノヴォロシースクへ移動することにしたという夫婦は、「子供たちが成長して巣立っていった。それでとある日、朝起きて考えた、全て投げ捨ててしまおう、全て売り払って後にしてきた。どうして一つの場所に留まっている必要がある?(ロシアの)土地は広大だし、子供は育っていった、どうして自分たちは前に進まない?神様が人間に土地を与えてくれた、ほら、全部の土地は人間のもの、と。一つの場所に留まっていてどうする?菜園を持ち、アパートを保有し…。それがどうした、(列車の窓から)幾つもの村落を見てきたけれど、そこに住んでいる彼らは何か(新しいものを)見ているか?何も見ていない、まだ人生があるのだから(違う土地に行って人生前に進もう)」自分自身を鼓舞するための言葉でもあるように感じられますが、幾つになっても新たなことに挑戦し続けようというこの精神にはただただ勇気を奮い起されます。過去に築いてきたものを守る気持ちではなく、常に新しいものにチャレンジし続けられる精神でいたいものです。

こんな一コマだけでも、あらゆる人の物語を乗せて走るシベリア鉄道の魅力が伝わるのではないでしょうか?言葉は分からないとしても同じ人間。その考えていることは私たちと大きく変わらないようです。(旧ソ連圏とロシア間のように国境をまたぐ移動も決して珍しいことではないことを考えると、行動するときの移動の規模は日本とはけた違いですごい…)この動画を見ていて私自身、ずっと昔の学生時代に同じように旅をしたウラジオストクーモスクワ間の往復二週間の旅を再び振り返る機会となりました。あの時に出会った家族、夫婦、おばあちゃん、今頃みんな幸せに生活しているのだろうか…そんなことを想像しながら当時の写真を取り出してきて眺めていました。

様々な人生と思いが交錯するシベリア鉄道の旅を懐かしんで / Recalling the journey of the Trans-Siberian railway running with people’s life and thoughts on various things

”Onliner” https://www.youtube.com/user/onlinerby

最近お気に入りのYoutubeチャンネルです。チャンネルの説明文にはこうあります。「こんにちは、これはOnlinerチャンネルです。 「小さな」人の運命について物語る映画を作っています。 群衆の中に隠れてしまって見えないかもしれないけれど、彼らのストーリーは常に痛々しいほど自分たちに親しみやすく、近しいもの。 私たちはそのことについて考えたことや、切望したこと、問題にぶつかったり、克服してきたり、できれば避けたいと思っていることがあります。 これらすべては私たちの映画にあります。

このチャンネルでは上記のテーマに相応しい登場人物が取り上げられていて、その内容は重くも感じられます。しかし、そこで話される話を聞いていると、単にロシアと聞いて全く異なる世界、外国の人々というイメージが変わって、私たちは皆同じ人間で同じようなことを感じ、考え、同じように悲しみを感じ、それを乗り越えて今を生きている。そんな姿を見るとロシアが今までよりもずっと近い世界に感じるかもしれません。

駐在している頃は、職場のロシア人スタッフとは仕事の話がメインで、なかなかお互いの本音を語り合う機会は少なかったのですが、仕事の利害関係とは離れて付き合う友人や旅先で出会うタクシードライバー、地元の人々とのとりとめのない会話。そんな会話の中に仕事とはまた別に、人としての重要な学びがあったと感じています。これこそ日本を離れて海外で生活し、人々と触れ合うことから得られる醍醐味かもしれません。

冒頭に貼付されているシベリア鉄道の旅物語。そこで働く女性たちや乗客たちの言葉。一人ひとりがいろんなものを抱えて列車に乗っている様子が映し出されています。学生時代に初めて訪れたロシアは、富山県から船でウラジオストクへ渡り、ウラジオストクからモスクワまでのシベリア鉄道でした。行きのモスクワまでの道は一週間ノンストップの旅。帰りは途中下車しながらの旅となりましたが、合計2週間のシベリア鉄道の旅は楽しく、あっという間に過ぎてゆく時間。ロシア語単語を一つ一つ教えてもらったり、子供たちとトランプをして遊んだり。ウォッカを飲んで盛り上がる夜の時間。出会っては別れを繰り返して目的地までの過ごす日々はあっという間でした。この動画を見ると、すっかり車両は新しくなっているようで、当時のおんぼろな鉄道と比べたらずっと快適そうな様子。一週間シャワーを浴びないためにツーンと鼻にくるロシア人のあの独特の匂い…さすがにそこまでは画面からは感じられませんが、あの匂いが少し思い出されました。

ここに登場するシベリア鉄道で働く女性の言葉によれば、給与は決して多いものではなく、2週間の勤務で20,000ルーブルの収入(現時点の為替レートで日本円に換算すると約3万円)。そこから2週間分の食事など必要なものを差し引くと手元に残るのは約14,000ルーブル(約2万円)。「年金は17,000ルーブル(約2万5千円)、アパートの家賃を支払い、少し他に必要なものを購入すれば…お金は足りたものではない。働かないと。人に何かをあげたり、欲しいものを買いたいじゃない」と。別の女性は、「息子を亡くしてしまい家には自分ひとり。鉄道で働くと家から遠く離れることができて、出会う人たちと談笑できる」という。さらに別の女性の話では、「今はどこもかしこもお金お金お金…(笑いながら)プーチン大統領のせいで物価が上がっている」と。「問題はお金が足りないこと。家族を置いて働きに出ないといけない、家には奥さんや子供が置いてゆかれ、彼らは寂しがっている、これが問題だ」と。

友人曰く「人は生まれた時の環境ですでにその将来が左右される」と言います。確かにその通りだと思います。たまたま自分自身は日本に生まれたけれど、もしかしたら、例えば北朝鮮に生まれていたかもしれない。自分ではどうしようもできない枠組みの中で自分の人生が閉じ込められていたかもしれない。動画にも出てくる若者が言っているように、(ロシアにはネガティブな部分もたくさんあると思いますが)「我々ロシアの人々は素晴らしい。ロシアは世界で一番大きな国、豊かな歴史を持つ国。詩もあれば偉大な作曲家もいてバレエもある。人々はお互いに助け合いながら生活している。」良い面を観察して、そんな風にポジティブな見方をする人もいれば、自分の国や環境を悲観的に見る人もいる。そもそも人は皆平等で、不公平さが無い世界で生きることが本来の姿であるはず、と思いますが、今の世界ではどうしようもできないことが多くある。そんなことよりも、自分でコントロール可能なところに目を留めることの大切さ。今の自分が得ているものを当たり前と思わずに感謝できる気持ちを大切にしたり。また、家族との絆を強くしたり、いざという時に頼れる友人を持つこと。自分自身が没頭できる好きなことを持つこと。そのように自分のすぐ周りにこそ、ー その規模は決して大きくないとしても ー 自分で物事を何とか好転させることができる要素がまだまだあるのかもしれない。そんなことをモスクワでの生活を通して、またこのような動画から感じることができました。

モスクワのアパートのルームツアー / Как живут другие

モスクワでアパートメントを借りる時には家具付きのアパートに入り、数限られた候補の中から間取りや、気に入った家具があるのか、最低限これを、あれを足してくれないかと交渉して追加してもらったり。自分好みにぴったりの物件に当たることは少ないのかもしれませんが着任してから1~2か月の間に決めてアパートに入居することになるのが一般的かと思われます。駐在している間に計3つのアパートに住んだ経験からすると、オーナーによっては日常生活の中で発生するトラブル対応が異なりますので生活のしやすさも変わってきますし、隣人は選べない。集合住宅ならではの難しさも感じました。きっとこれはどの国に行っても同じことかもしれません。

私がモスクワにいた時には日系企業でアパートメントを紹介、契約をサポートしてくれる仲介業者がいて日本語で対応するサービスを展開していました。ロシアにも同様の企業がいますし、インターネット上でアパートメントを探すのも非常に容易となっています。日系企業のサービスには残念ながら満足できず(アパートの契約延長時期が過ぎてしばらく経ってから「そろそろ契約更新の時期ですがサポート必要であればご連絡ください。」との手紙。こちらはすでに直接オーナーと連絡して契約更新済みなんだけど…。別の時には駐在員アパートを契約解除する際、契約書に明記されているにも関わらずデポジットの返却に一向に応じないオーナーとトラブルが生じました。期待していたサポートもいただくことができず、結局自らオーナーとやり取りすることに…。ドイツにいるというので、きちんと時差も考えて早朝を避けて電話したつもりが「こっちは朝の何時だと思っているんだ!いい加減にしろ!」と怒鳴れたことも思い出されます。こっちだってお金を返してくれと言ってるんだ、それだけだ、ちゃんと契約書に記載があるじゃないか!と言い返してみたり。ドキドキしながらも度胸試しの良い訓練となりました。)、結果的にアパートメントを探すのは、可能であれば自分で直接行い(どんな物件があるのだろう、と楽しみながら行うのが重要です)、会社スタッフのサポートを得ながら契約を進める。これが一番満足のゆく、効率的な方法であったな、と感じています。

モスクワに住んでいてのトラブルの例としては、以下のような出来事がありました。

すでに眠りにつこうとしてベッドに横になっていた23時過ぎ。いきなり上の階から部屋の中でバンドの練習か?!、と思われる音が。明らかにマイクを通した女性のボーカルの歌が聞こえてくる。しばらくすると別の隣人と思われる女性の怒り狂った声。どう考えてもこの時間にこのボリュームで遠慮なく…それは無いよな、と。ロシア人の友人宅に遊びに行った時には、上の隣人が夜中に大音量で音楽をかけていて、歌詞もとても子供に聞かせたくないようなものだったと。ということで数回警察を呼んだことがある、と言ってました。その家族はモスクワ生活にうんざりの様子で今ではすでに別の国に引っ越しましたが、同じロシア人と言ってもモスクワに憧れてやってくる者もいれば去る者もいる。モスクワに対する反応は様々です。引っ越した2件目のアパートメントでは部屋に入るには、まず隣人との共通の扉があり、それを抜けると左右にそれぞれの住人が住む部屋への扉がありました。お隣のおばあちゃんは、初めての挨拶で緑茶を渡すと大変喜んでくれて、いきなり自分の部屋の中をくまなく案内して見せてくれました。「ここはキッチン、こっちはリビング。いつもここの椅子に座ってゆったりしているのよ…」どんな会話があったか具体的には忘れてしまいましたが、ロシアではよく見かけましたが、冷蔵庫には旅行先の街で購入した(あるいはお土産でもらったであろう)マグネット、所狭しと並んでいるモノの数と少し匂うキッチン。そんなロシアの庶民的なといっていいのでしょうか、そんな生活を垣間見たものでした。その後はすっかり顔を合わせることもなく1,2年後だったか過ぎました。とある日、友人を連れて部屋に戻ると、いきなり「(共有の入り口の扉を指して)ドアが壊れた、どうしてくれるの、あんたがやったに違いない!どうしてくれるんだ!」といったすごい剣幕で罵倒されました。かつてニコニコして部屋の中を見せてくれたおばあちゃんとは思えないくらいに怒り狂った様子です。友人が「まあまあ落ち着いてください。」といって何とかなだめていましたが、こちらもいきなり言いがかりをつけられると怒りたくもなります。「気にしちゃダメだ、こういうのはどこにでもいるから落ち着け」と。私たちはその場をうまく切り抜けましたが、その次の更新時には次のアパートに出ることにした一つのきっかけともなりました。

新たな仕事に不慣れな中、同時並行でアパートを探すことは決して容易なことではありませんが、せっかくのロシア生活。可能であれば色々な物件をチェックしてみることはモスクワのアパート事情を知る上でも貴重な経験となるに違いありません。

私の勝手な見解ですが、街中で綺麗な恰好をしている男性、女性、スタイルも良いので普通に見てもとても素敵に見えますが、彼らの一体どれだけの人たちが本当に裕福に生活しているのかはいつも疑問に思っていました。劇場で綺麗に着飾った様子の人たちを見ても、その大半は家に帰ると貧しい部類の生活をしている人が多いのではないかと、そう思ってなりません。私も付き合っているロシア人の大半は決して裕福ではなく、仕事もない、という人も少なからずいましたが、それでもたくましく生きている姿が印象に残っています。むしろ裕福に生活している不自由のない日本人の生活よりもずっと彼らの毎日の生活がたくましく見えることもありました。

以下は時々チェックしているロシアのルームツアーのYoutubeチャンネル。

この動画は一例です。庶民的な内容でやり取りが面白くて見入ってしまう。なんだか微笑ましいです。限られた予算の中でどれだけ自分好みのスタイルに整えたかを伺えます。

一方、以下のYoutubeチャンネルはエレガントな様子。ここまでお金を出せる人は少ないに違いありません。果たしてこんなアパートメントを購入するにはどれだけの収入が必要なのか、どれだけのローンを組む必要があるのだろうか…限られた人に許された選択肢ではないかと想像しながら眺めています。

このチャンネルオーナーの夫婦のルームツアーの様子。とても素敵なアパートメントの様子が紹介されています。

駐車場に車を停める際に分かる、自分の権利と適度な人間関係 / Parking your car in the parking lot can tell you having the good balance between own rights and good relationships with others

小さな会社になればなるほど、そこで働く人たちの人間関係は時として辛いものとなることはご想像の通りです。駐在員であれば、小さな会社の中でさらに小さな小さな日本人社会という囲いの中で生きています。駐在してから初めての本社出張の際には、本社で子会社を管轄する部長に個別に呼ばれ、「人間関係は大丈夫?社長とはうまくいっている?いつも本社に出張する駐在員に必ずこの点を確認しているんだ」と。上手くゆかずに精神的に辛い思いをしてしまう人もいるようでした。幸いにも私は人間関係には恵まれており、また、営業系の駐在員が多い中で管理部門の責任を持つ立場である、という点で日本人の囲いから外れて自由に仕事ができていた気がします。日本人だからこその悩みを語り合い、耳を傾ける場も大切と思いますが、同じ人間といつも一緒に語っていても得るものは限られます。同じ日本人といっても適度に付き合いのバランスを取ることは大切だと思います、不要と思われる付き合いは断っていました。日本の階層社会で生きる会社員としてそれが正解なのかは分かりませんが…。自分の気持ちに正直でいる。それが心を病まない最善の方法だと信じています。

さて、ロシア人スタッフも狭いコミュニティの中で働いています。きっと、会社の雰囲気に合わない人間は自然に会社を離れていくからだと思いますが、社内で働いているロシア人スタッフはそれぞれに自分の居場所を見つけていたようです。毎回新しいスタッフが入社してくると、どのように既存の仲間と知り合い、自分の居場所を見つけてゆくのか興味深く観察していましたが、人それぞれ。一人でいることを好むスタッフはランチを社内の休憩スペースで取ったり、外に食べに行ったり。昼食の時間はフレキシブルでしたので、仲の良いスタッフ同士でランチを取る場合には時間を決めて皆でランチを楽しく取っていたり。朝から「今日はデリバリーのランチを食べよう!」といって「私は何を注文しようかなぁ」と仕事中に盛り上がっていたり。「(スタッフ共有の)冷蔵庫に入れていた、私のものを誰か勝手に取ったでしょ!ひどい!」なんて怒り心頭のメールが社内全員宛てに飛んできたこともありましたが…。小さな会社での人間社会を観察することも良い勉強となりました。

狭い世界での上手な人間関係を築くにはどうすればよいのか?駐車場で車を停める時、そのヒントがあった気がしました。私の駐車スペースは両側を別の住人の車に挟まれています。そのスペースに車を停める時、お隣の車がやたらとこちらのスペースに寄っていたり、別の日には離れていたり。お互いに白線の内側が自分のスペースなのでその空間をどう使うかは自由です。しかし、もしこちらと相手の車のスペースが白線を境に近づきすぎていればお互いに心地よいものではありません。車を乗り降りする時には窮屈になり、相手の車にドアをぶつけないかと神経を使います。そんな時には白線から離して車を停める。相手の車が今日は白線から離れていればこちらは白線に近づけて停めてもOK。線の中が自分の権利。でも、その日によって相手がこちらに近づきすぎている時もあればそうでないときも。そんな時には相手との距離感によってその白線の間の自分の立ち位置を調整する。人それぞれが白線の内側をどう利用するかは自分の権利であり、自由である。相手がどうであろうと関係ない。そう言ってしまうと、それは正論ですが、小さな人間社会で生きてゆくにはどこかで行き詰まってしまう気がします。権利ばかり主張してしまうと相手が車に乗る時に苦労する。自分が先に停めた場合、きっと相手も自分の停めている距離に合わせて調整してくれているかもしれません。

全く止まっていない時には逆にどうしよう、なんて思ってしまうことだってあります。基準がないから自分の権利を存分に利用することができる反面、合わせるところが無いから逆にそれに戸惑いを感じることも。人間は必ずしも完全な自由があるよりも、他人との関係から自分の在り方を探るほうが容易なのかもしれません。

こんなことを車を停める中で感じたものでした。

大都市モスクワの中でも近い距離で他社の様々な人と付き合えるメリット / The merit of getting to know various people who work at other companies in Moscow

モスクワならではの近い距離で他社の様々な経歴を持つ方たちと付き合える機会は駐在生活の中のメリットの一つです。他社の駐在員や現地採用で勤務している日本人との交流を通して得るものがたくさんありました。これはモスクワに限ったことではないのだろうと想像ができます。会社の業態は様々で顧客は多岐にわたるとはいっても、管理部門は同じ悩みを抱えるケースが多くあります。もしかすると、営業スタッフは各社固有の問題があり、他の会社と相談しても同じ土台で会話することが難しい場合もあるのかもしれませんが管理部門は違います。与信管理をどうするか、人材の採用はどうするか、どうしようもないスタッフに去ってもらうためにはどうすればよいか、人事制度はどうしているか、近々導入されることになった法律への対応方法はどうするかなどなど、会社の管理部門の課題はどの会社も共通して抱えている悩みでもあります。

日本に勤務していれば、勤めている会社事務所が東京に集中していないこともあれば、社内の付き合いが中心となることも多いはずで色々と制約が多く、他社の方々と広く付き合う場を得るには自らの努力が求められます。その一方で、モスクワでは多くの企業がモスクワ中心部に事務所を構えており、社内の立場上自らの仕事をコントロールできる権限も広まり、集まりあうことも容易になります。インドからそのまま異動して着任した方、中国、アジア地域その他の国々での駐在を経験してきた方々、ロシアに定住して10年以上もロシアビジネスを見ている方の話、ソ連時代から仕事をしてきてソ連、ロシアと国家の変遷を見てきた方の話などなど。ベテランの方たちが多い中で交流を通して自分自身の仕事の方法、考え方のずれを是正するよい機会ともなりました。なお、全く違う思考回路と出会い、自分自身の視野を広げ、もしかすると完全に考え方や価値観を変えるにはロシア人との交流がピッタリです。それは時に日本社会への適用能力が下がってしまう危険もはらんでいますが…。

会計事務所や銀行主催の管理系のテーマであるセミナーに出席すれば、概ね同じメンバーが揃う。そこに出ると、あぁこの会社の管理担当者もついに帰任して後任の方と交代する時期なのか、それにしても自分はここにいる顔ぶれの中でも随分と長くなったものだなぁと客観的に振り返ってみたり。中には、ほとんどそういった場に出てこない人もいるけれど、それは、毎年のように同じような内容でロシア駐在初心者向けの内容である場合もあり、出席しても無駄…と思う人がいても仕方がないのかもしれません。日本を代表する日系企業という一枚岩で考えるならば、自分の知識を新しくきた人に分かち合い、同じ問題で足踏みしてしまわないように助け合うことも大切な要素だと思っています。日本にいる時にはそういった意識はなかったけれど、世の中にはたった一人の行動でもって「日本とは」「日本人とは」というレッテルをいとも簡単に貼ってしまうしまう人間が存在する中、「日系企業はやっぱりすごい」そう思わせられるように、各企業が一人で苦しみ、闘うよりも、できる部分では皆で協力して毎日の仕事を少しでも楽しくできるほうがずっとよいではないだろうか。そんな風に思います。日本で仕事をしていても「自分が苦しんだこの経験を他の人にも理解してもらいたい。」そんなネガティブ思考に出会うことがありますが、自分が苦しんだこの経験を他の人が味わうことがないように知見を共有し、伝えてゆくことがポジティブな、あるべき姿であると信じています。

話が変わりますが、休暇でイギリスのロンドンに出かけてミュージカルを鑑賞したときのこと。私の購入したチケットの場所は左右の通路からちょうど真ん中くらいで鑑賞するには特等席。が、会場に入るのが遅く、既に席についている方々に申し訳なくも足元の狭い間隔を通してもらいながら自分の席にやっとたどり着く。ぱっと見たところ隣には中年の女性日本人二人組。「おっ、日本人だ」と思い、挨拶しようと思って構えたところ、「せっかくここまできて周りが日本人だらけ。ほんといやになっちゃうよね」と二人で会話している声が。こちらを意識しているとは信じたくないけれども、確かに周りには日本人らしき人が多かった。それでも、別に海外で同じ国の人と出会っても悪いことではないのではないかと思うですが、そこまで嫌悪する理由って一体何なのでしょう。情報交換できることもあるだろうし、大げさではあるけれども、同じ日本からやってきて異国の地で出会ったのだから、そこまで悪いことを言わないでもらいたい…少しばかり悲しくなりました。

良い関係の間柄にも適度な見直しが時には必要だ / Sometimes a good relationship needs a proper review

長らく新生銀行を利用しています。自身の所属ステージによってサービス内容が異なりますし、ずっと昔に比べてサービス内容は悪化しているようで、人によって評価は分かれる点と思われますが、近くにあるセブン銀行ATMから月に何度でも現金引き出しを行っても手数料が無料、という利点があり今も継続して利用してきました。現実的には現金を使う機会が減ってきており、今は現金を定期的に下ろす必要性も少なくなっている現状ではありますが…本題へ。

これはあくまで個人的な感想です。SBIホールディングスが新生銀行への敵対的買収を仕掛けてからと同じくして、あるいはその少し前からか、なんとなしに新生銀行からのサービス提供の案内メールが増えたように感じます。もしかして、これは今回の事態に至ったことも一つの要因だろうかと思ったり(あるいはそうでもないかもしれないのであくまで個人の見解です)。

ロシアに進出している企業の中には、債権保険に加入している企業も少なくないと思います。そして、きっと保険会社を変更する頻度は高くなく、長期的な視点で同じ保険会社との契約を継続しているのが一般的ではないでしょうか。

私がモスクワで勤務していた時には、世界的に有名な再保険ブローカーであるAON社と定期的に話を聞く機会がありました。債権保険や従業員向けの医療保険を提供するロシアの保険会社を選び際には、AONを仲介した相見積もりを行って、妥当な価格と適切な内容の提案してもらうことを勧められていました。複数の会社から提案を出してもらうことで、経験のあるブローカーによるチェックが入り、各保険会社社共に顧客に採択されるために不当な価格を提案するリスクは低くなるはず。そんなメリットがあります。

この話は自社で保険会社の見直しをした時の話です。ある時、経理スタッフから「間もなく債権保険の契約見直しの時期がくるけれども、ぜひ他社とも比較してみる良い機会。ぜひ自分たちで各社から提案を出してもらいのですがOKでしょうか?」という提案がありました。長年同じ保険会社と上手く付き合ってきた中で、いきなり「他の会社からも見積もりを取るので、お宅も次回の契約に向けて良い条件を出してもらえませんか?」と言い出すのはどうも躊躇したものの、「何年もの間、今利用している保険会社と価格交渉もしておらず、過去の条件のまま更新しています。今は他にも保険会社があって、たとえ同じ会社と契約を継続するとしても、今の条件より良い提案がくるかもしれません。」その言葉に押されて、実際に会社にて複数の保険会社にコンタクトして選定を進め、各社からの見積もり提示をもとに交渉を行いました。その結果は驚くもので、想像を超える金額のディスカウントが生まれました。ここまで金額が下がれば他社に乗り換える必要性も無く同じ会社と契約延長をしましたが、条件を定期的に見直すことの大切さを実体験として学ぶ機会となり、同時に会社の財務改善にも経理部門が貢献した機会となりました。

今回の新生銀行からのメールを受け取る時 ー 今回の買収問題の良し悪しには触れませんが ー たとえ現状のサービスに大きな不満は無いと言えども、時には外部からの働きかけにより現在のサービス内容を見直してみることの重要さを、あのロシアでの保険会社の選定を行った時のことと重ねて思い起こしています。ここに市場の相応しい競争が存在することの大切さを感じるところです。

#参考情報

ロシアの2021年における保険市場の動向

https://raexpert.ru/researches/insurance/1h_2021/

以下のリンクはロシアの保険ブローカー会社のHP。モスクワから東に1,700km離れた場所にある街、エカチェリンブルグの会社のようで全く知りませんが、色々なウェブサイトを探した結果、その中では一番分かりやすく保険に関する説明が記載されたように感じられたウェブサイトでした。リンク先の一番下に主要なロシアの保険会社のロゴマークが並んでいます。私の勤務していた会社が利用していた保険会社を含む、これらの保険会社が主に日系企業が契約を結ぶときの候補となる会社と思われます。

https://www.trialliance.ru/korporativnyim-klientam/straxovanie-finansovyix-riskov/straxovanie-debitorskoj-zadolzhennosti.html

母国語だからこそ相手に対する自分の気持ちを伝えづらい? / Is it difficult to convey your feelings to the other person because it is your mother tongue?

帰国して母国語で仕事をするようになり、1年以上経過してみてからなるほどなぁ、と思うことがあります。それは、同僚に対する「ここはこうしたほうがもっと成長できると思う」「この点はやめたほうがいいと思うんだけど」といった、相手に対するネガティブに捉えられかねない発言は控えがちなのは、ロシアでも日本でも同じ、ということ。

ロシアでは、日本と比べて人々は直接物事をはっきり話す傾向があるという事実があるのだから、部下のマネジャーから「あの子何とかしてほしいんですけど…」と聞くと、何となく腑に落ちない気持ちがありました。「なぜ日頃仲良くしゃべっているのにそういうことを直接伝えないの?友達なら相手のことを想っているのだから言ってあげるべきでは?」と回答していました。しかし、実ははっきりと相手に物事を言うのを避ける傾向があるのだということ。それって日本人でも一緒。結局、国が違えど皆一緒。

なぜなんだろう?と考えましたが、一つには、単に自分の意見を主張することは他人は関係のないこと、その一方で、相手について自分が考えることを伝えることは相手が関わってくること。自分の意見が原因で相手との関係に溝が生じてしまう可能性もある。だからこそ発言には慎重になるのでしょうか。(しかしながら、私の個人的な印象ですが、日本社会ではそもそも自分の意見や考えを主張することですら躊躇することもあります。「自分の主張をしたら相手がどう思うだろう…」「自分が先に決断をしたらどうだろう、相手はもしかしら逆の決定を望んでいるのではなかろうか…」と。日本人の思考回路はどうなっているのでしょうか…)

二つ目に考えられる点は、きっと母国語だからこそ、何をどのように言うと相手がどう感じるのか、それがはっきりと分かるからなのではなかろうかと、そんな風に考えています。この単語・フレーズを使ったら、このイントネーションで伝えたら、言葉には表れない雰囲気を感じる肌感覚など、母国語だからこそ感じ取ることができるものがあります。それらを自分ではっきりと掴めると、発言の際には言葉を発する前に自分の頭で考え、悩み、躊躇する。「なんではっきりとした物言いをするロシア人なのに、ロシア人同士だと遠慮しているのか・・・」という疑問に対する答えは、こんなところに理由があったのかも。相手に対する自分の考えを伝えることは、結局どこの国の人でも同じ難しさを感じるのだなぁ、と認識するようになりました。

ロシアにいる時には、日本人とロシア人、という一つの大きな国籍や文化の違いがあったことも重要な要素であったと思います。この壁があるからこそ、双方において「多少言葉の使い方が間違っていても仕方がない。相手に伝わればよい」(発言者)、「何となく発言が厳しいけれども、言葉が違うんだし仕方がないことなのかもしれない」(発言を聞く立場)といった心理的なバリアがあったのかもしれません。実際、自分自身もそんな風に(相手を否定するような発言は決して許されることではなく、そのような発言がないように注意を払っていましたが)「自分も母国語ではないので仕方がない、きっと自分の思いが伝わるだろう」と思って英語やロシア語で自分の発言を伝えていました。そう考えると、相手に対する自分の思いを率直に伝える際、日本人とロシア人という違いはポジティブな要素だったのかもしれません。相手のことを知りたいと思い、努力して学習して知れば知るほどに逆にそれがネックとなってしまい動けなくなってしまうこともある…。

ただ、何よりもクリアなのは、相手への評価を伝える・伝えない、それは本人次第。相手のことを想うからこそ相手のためになると思えることは、言葉とタイミングを慎重に選択しつつも伝えてゆく。それがあるべき形だと考えています。こちらが伝える内容を「面倒くさい奴だ、また言ってるよ。聞いていてあげればいつかは止む」なんて思いつつも、きっと将来に思い出してくれれば、自分の発言は決して無駄にはならなかったと想像の中で描きつつ…。

ロシアの道路事情 / Road condition in Russia

最近見つけたYoutubeのサイトで面白い動画がありました。ロシアの道路がいかにひどいかを映し出しているものです。1分以内の短い動画です。0:30頃から見ていただければ、ロシア側の悲惨な道路事情からベラルーシ領土に入った途端に綺麗に舗装された道路へ様変わりする様子が一目で分かります。ロシアが — あれだけの広大な国土を持つ国 — ロシア全国の道路を良い状態に整備し維持できるお金のゆとりがあるとも思えず、きっと日本と比較してはいけないのかもしれません。

モスクワの道路事情は地方と比べれば申し分ありませんが、車で移動しているときに、スタッフとドライバーが道路の話をしていて、「XXXの幹線道路はとても状態がよい。ドイツ人が整備したものだから今でも十分走れる」なんて話をしているのを何度か聞いた覚えがあります。(実際のところ、Yandexでも調べてみましたが、モスクワ近郊でそれらしき道路が存在する情報は見つかりませんでした。この会話の背景を確かめることができていないので本当のところは分かりません。もしかするとモスクワとは別の地域のことだったのかもしれません。)

第二次世界大戦でドイツ軍に勇敢に立ち向かい、英雄都市という称号を与えられたヴォルゴグラード(旧スターリングラード)を戦勝記念日に訪れたとき。タクシーに乗るとあまりにもひどい穴だらけの道路。タクシー運転手曰く「ボルゴグラードではまだ戦争が終わってない!」なんて冗談も。生活が苦しくても、街のインフラが決して恵まれているとは言えなくとも、それを笑い飛ばす冗談で盛り上がる。そこにまたユーモアを感じます。先ほどの動画のコメントの中には

「ロシアではアスファルトは定着しない、ロシアの大地はアスファルトをはねつけてしまうから…」

「どうして綺麗に舗装された路面を走れるかい、危ないじゃないか、眠ってしまうよ」

「自動車パーツを販売するお店で働いているけど、(このビデオを見て)なぜ部品パーツの注文が多いのかよく分かったよ」

なんてものがありました。

なお、国土交通省のウェブサイトで発見できた2012年時点の日本とロシアの道路事情データによれば、日本の道路の長さは1,207,867km。対してロシアの道路は982,000kmという。日本に存在する道路の距離の方がロシアの道路よりも長いということになりますが、ロシアの国土と日本のそれとをパッと頭に浮かべるとどうにも信じがたいものがあります。ロシア的な皮肉を交えて言えば、「ロシア人担当者は道路が存在しているのに、穴だらけの道を見て道路だと分からず集計に含めなかったので、結果的に実際よりもずっと低い数値を公式数値として発表してしまった」ということにしておきたいと思います。

参考資料:

https://www.mlit.go.jp/common/001381832.pdf